『ワトソン力』大山誠一郎

●今回の書評担当者●さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜

 捜査一課の刑事として、常に事件と向かい合ってきた和戸宋志には特殊能力があった。一定範囲内にいるひとたちの推理力を高める力である。彼はその能力にワトソン力と名付けた──。
 大山誠一郎『ワトソン力』は特殊な能力を持った主人公の周囲で、関係者の誰かが事件を解決していく様を描いた短編集だ。

 特殊設定を用いたミステリはこれまでにもたくさんある。
 SF設定なら西澤保彦作品や古野まほろ『時を壊した彼女』、ホラー設定なら三津田信三作品や綾辻行人『Another』というように(そしてたいていは設定を活かした謎解きが行われる)。
 また、探偵役に目を向ければ、神の声を聞く名探偵、星の動きで真相を悟る陰陽師、死者と会話する霊媒探偵、あるいは探偵役が魔界生物だったり神自身──そのバリエーションは様々だ。
 同様に助手が能力を持った作品もあるが、ワトソン力の様に、謎を解かない助手役でしかもちえない能力は極めてレアである。前例があるとすれば、不思議な事件についてその青年に相談すると、相談者の方で勝手に推理を行い、自然と真相に気づいてしまう、という西澤保彦『完全無欠の名探偵』だろうか。

 めったに見られることのない、ワトソン力という特殊能力をベースに、この作者らしい魅力的な謎と論理の盛り合わせのうまさ、それが本書の魅力である。
 主人公以外の誰かが謎を解く。
 そんなルールを設定した上で繰り広げられる事件と謎解き──解けそうで解けない、その難易度設定がちょうど良いのだ。
 難攻不落なトリックではない。
 トリックが明らかになったとき、「もう少しで気づけたのに」と感じさせる──読者の想像が届くか届かないかのその匠の技は、大山のデビュー作である「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」から顕著だったし、ドラマにもなった大山の代表作『アリバイ崩し承ります』でも同様だ。

 その悔しさは前述の『Another』にも似ている。
 僕自身の経験ではあるが、〝もうひとり〟が誰かはわかったのだがその先までは気づけず、大きな悔しさを味わった。
『ワトソン力』における最後の謎解き場面でもそうだった。
 推理の出だしは予想できた。
 だが、どうやって真相にたどり着くのか皆目わからず、犯人が明かされたときにはあっと言わされてしまった──その手があったか、と。

 誰が謎を解くのかわからない。
 それは一見、奇抜な展開のように見えるけれど、ちりばめられた伏線から真相を導くのは普通のミステリと変わらない。むしろ謎がひとつ増えた分、匠の技を堪能できる機会が増えたと言える。事件の真相だけでなく、誰が謎を解くのかという謎もまた、絶妙な難易度だからだ。
 ほかでは味わえない、レアな謎がここにある。

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さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
1983年岩手県釜石市生まれ。小学生のとき金田一少年と館シリーズに導かれミステリの道に。大学入学後はミステリー研究会に入り、会長と編集長を務める。くまざわ書店つくば店でアルバイトを始め、大学卒業後もそのまま勤務。震災後、実家に戻るタイミングに合わせたかのようにオープンしたさわや書店イオンタウン釜石店で働き始める。なんやかんやあってメフィスト評論賞法月賞を受賞。