『メダリスト』つるまいかだ

●今回の書評担当者●さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜

  • メダリスト(1) (アフタヌーンKC)
  • 『メダリスト(1) (アフタヌーンKC)』
    つるまいかだ
    講談社
    748円(税込)
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 熱い物語が好きだ。
 圧倒的な才能をもって不幸な現実や理不尽な環境とぶつかり合い、その実力をもって世界をわずかでも良い方向に捻じ曲げていく物語が。

 好きという感情を支えにし、絶望的な状況のなか諦めずに努力を続け、当初は存在した圧倒的な差を埋め続け、ついには追いつき勝利を収める物語が。

 例をあげるなら天才型の前者は『少女ファイト』『め組の大吾』『昴』。努力型の後者は『AKB49』『ランウェイで笑って』などが思い浮かぶ。『ちはやふる』や『ましろのおと』などは前者から後者への移行と見ることもできるだろう。

 そのふたつのパターンのうち、どちらかを描いただけで読者の心を激しく燃えあがらせる、着火剤となる。
 だが、たまに産まれることがある。
 どちらのパターンも同時に内包した物語が。

 今回取り上げる『メダリスト』には天才型と努力型、2種類の熱が同時に存在する。
 フィギュアスケートが大好きなのに周囲に気持ちを伝えられず、ひとりで練習を続けてきたいのりと、フィギュアを学び始めるのが遅かったために多くの挫折を味わってきた司。

 そのふたりが出会い、司がコーチを務めるところからこの物語は始まる。年の近いライバル、圧倒的な才能、そしてかつて憧れた金メダル選手----様々な出会いを燃料にバッジテストや大会に挑み、熱いスケート模様が描かれていく。
(願わくば、司は再び競技者となってリンクに戻って欲しい。その展開こそダブル主人公としての理想ではなかろうか)

 だが当然、熱い展開が続くだけだと読者はやけどをしてしまう。
 この物語がうまいのは、熱いシーンとシリアスなシーン、そして笑うシーンを緩急をつけて配置し、暑苦しさを感じさせないようにしている点だ。
(中でもフィギュアマンガの名作「銀のロマンティック...わはは」リスペクトであろう犬のシーンはお気に入りのひとつ)

 一時的に冷やされるからこそ、熱はより強く感じられる。
 彼らの努力が実るのか。ライバルとの決着や、天才との勝負はどうなるのか。そしていのりたちの力は日本を越え、世界まで届くのか、それはまだわからない。
 だが一方で、はっきりしていることもある。
 アイスリンクをも溶かす熱源が、ここに。

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さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
1983年岩手県釜石市生まれ。小学生のとき金田一少年と館シリーズに導かれミステリの道に。大学入学後はミステリー研究会に入り、会長と編集長を務める。くまざわ書店つくば店でアルバイトを始め、大学卒業後もそのまま勤務。震災後、実家に戻るタイミングに合わせたかのようにオープンしたさわや書店イオンタウン釜石店で働き始める。なんやかんやあってメフィスト評論賞法月賞を受賞。