『ジョーカー』清涼院流水

●今回の書評担当者●さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜

  • ジョーカー (講談社ノベルス)
  • 『ジョーカー (講談社ノベルス)』
    清涼院流水
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 すべてのミステリの総決算......。究極の連続不可能犯罪をたくらむ天才犯罪者が、陸の孤島で『幻影城殺人事件』を演出する。(略)推理小説のありとあらゆる構成要素をすべて制覇すべく犯行を続ける「犯人」――その正体は、限られた「登場人物」の中の一人!

 1997年に発表された清涼院流水『ジョーカー 旧約探偵神話』の梗概からの抜粋である。(本書は『コズミック 世紀末探偵神話』に続くJDCシリーズの2作目だが、『コズミック』の前年を描いており、こちらから読んでも問題ない)

 清涼院流水は森博嗣、西尾維新、北山猛邦や夕木春央らを産み出したメフィスト賞の第2回受賞者だ。
 端的に言って、本書は問題作だった。
 いや、過去形ではない。刊行から24年が経ち、ほかにも多くの問題作が書かれてきた現在でも飛び抜けて問題作なのだ。


 阪神大震災の影響で、12の密室で12人が殺されるという構想を1200の密室で1200人が殺される話に変更したという逸話のとおり、清涼院の魅力のひとつはその過剰性にある。

 評論家でもある笠井潔によれば、犯人は密室などの謎を作ることで、ただの死を特権的な死へと変えるのだという。それならミステリの歴史とは死体〝装飾〟の歴史とも言える。
 清涼院は本書でその装飾を過剰なほどに増殖させた。

 密室、アリバイ、暗号、見立て、首なし死体、ダイイングメッセージ、殺人予告、呼称のある犯人......。過剰なのは事件だけではない。登場する探偵たちもまた、装飾に満ち溢れている。

 登場するJDC(日本探偵倶楽部)という探偵組織にいるのは「集中考疑」「ジン推理」「神通理気」「傾奇推理」など個性的な推理方法を持ち、キャラの立ったメンバーばかりだ。

 そんなJDCを中心とした登場人物たちがトリックや犯人を推理するのだが、過剰な装飾に対する解釈合戦が頻発する。
 解釈はいくらでも考えられるため、犯人が装飾に込めた意味のすべてを言語化することはできず、いくら推理しても言葉の迷宮を脱出することはできないからだ(清涼院がそれを自覚していることもまた自明である)。


 横溝正史、鮎川哲也、綾辻行人らも言葉遊びのような謎解きをしたことがある。だが、清涼院のそれは例によって過剰だ。
 言葉を重視する姿勢とその過剰さ故に本格ミステリかどうかは意見が分かれる。とはいえ、本格ミステリについて考えたうえで書かれた作品であることもまた、間違いない。

 清涼院が学生時代、現在の本格ミステリを牽引する麻耶雄嵩、大山誠一郎らの後輩として京大ミス研に所属していたのだから当然だが、そのことは「木村間の犯罪×Ⅱ」やエラリー・クイーンの孫娘が登場する「カーニバル・セレクション」の完成度を見れば明らかだろう。


 清涼院は最大級の罵倒と熱烈な支持を受けていた。だが、JDCシリーズは2004年の『彩紋家事件』を最後に、予告されていた『双子連続消去』は書かれないまま17年もの時が過ぎた。

 だが本家が途絶えた一方で、JDC的な過剰さは読者に求められ続けている。
 探偵組織や探偵学校を登場させている円居挽や阿津川辰海に古野まほろ、そして天樹征丸の作品も、その源流にJDCがある(水源自体は山口雅也だが)。

 それだけではない。
 事件が起きる前に探偵が解決してしまう『探偵が早すぎる』の井上真偽、手掛かりが揃うと真相を悟ってしまう『僕が答える君の謎解き』の紙城境介、探偵日本一を決める推理バトル『ファイナリスト/M』の天原聖海もまた清涼院の流れの先にある。

 中でも清涼院の産み出した探偵を作中で何度も使い続ける舞城王太郎がその筆頭だ。特に『ディスコ探偵水曜日』ではJDC的な過剰性に真っ正面から挑戦している。

「ダンガンロンパ」の小高和剛も清涼院からの影響を公言しているし、『13・67』『網内人』を書いた陳浩基も好きな作家に清涼院をあげ「先輩が勇敢にも北極点まで向かったのですから、われわれ後輩も北極圏に足を踏み入れる気になる」と述べている。
 北極圏入りした陳浩基作品も気になるが、彼らの作品が中断したJDCシリーズのその先を体現したものだと感じる時がある。それを嬉しく感じる一方、同時に寂しくもある。


 中学生の僕は『ジョーカー』を読み、ここがミステリの最前線なのかと慄いた。再び読み返し、今でもここが最前線だと得心した。
 詳しくはわからないがすごい、という感想から20年以上の時を経て、すごさがわかった、そう思えるようになった。

 かつて清涼院は「自分が袋小路を歩いているとは思っていない」「新しいバブルをつくるために古いバブルを割ろうとしている」と述べていた。
 それなら。
 いつの日か『ジョーカー』のその先を、最前線のその先にある、まだ見ぬ光景をぜひとも見たい。フォロワーでは満たされないのだ。本家でなくては、この渇きは潤せない。

 それでは、今回の2021文字のラブレターをもって、僕の担当は最終回となります。1年ものあいだお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

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さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
1983年岩手県釜石市生まれ。小学生のとき金田一少年と館シリーズに導かれミステリの道に。大学入学後はミステリー研究会に入り、会長と編集長を務める。くまざわ書店つくば店でアルバイトを始め、大学卒業後もそのまま勤務。震災後、実家に戻るタイミングに合わせたかのようにオープンしたさわや書店イオンタウン釜石店で働き始める。なんやかんやあってメフィスト評論賞法月賞を受賞。