『中国TikTok民俗学』大谷亨
●今回の書評担当者●青山ブックセンター本店 高橋豪太
中国、そして民俗学。いかにもアカデミックな単語の間で煌めく「TikTok」......ティックトック!? サブタイトルはズバリ「スマホからはじまる珍神探訪」──そう、本書はTikTokを駆使して中国の珍神たちを追いかけるルポルタージュである。
中国の民間信仰をリサーチするのに、なぜTikTok(正確には中国版TikTokである「Douyin」であるが、運営元を同じくするほぼ同機能のアプリであることから、以下本書に倣って「TikTok」と表記する)が有効なのか。著者は三つの理由を挙げている。
「第一に、中国は国土が広大すぎるせいか、地元民以外にはほとんど知られていない文化や習俗がいまだ多く残存している。第二に、中国では電子決済システムの普及に伴い、ド田舎のご老人までもがスマホを携帯するような状況がある。第三に、中国では肖像権やプライバシー観念がまだまだ希薄であり、自他のプライベートをごく気軽に投稿してしまう傾向が見られる。(p.15)」
あくまで著者の私見であるが、読み進めているとたしかにと思う。実際に著者が訪れた宗教施設や祭礼の場でも、撮影していたり生配信していたり「投稿するから今撮った写真くれ!」と言われたり......。みんなSNS大好きなのだ。個人宅で祀られている様子を見ることができるのも、TikTokならではかもしれない。「要するに、一般大衆が自らの手で民俗誌(のようなもの)を編みはじめたのである。」と著者が表現するのも、あながち過言ではないのだろう。リサーチの足がかりとして、投稿主への連絡手段として、またあるときには"天啓"(アルゴリズムが生み出す不意の出会い)を受ける道具として、本書ではTikTokが欠かせないものとなっている。
肝心の調査対象も、まさに「珍神」というべきラインナップだ。逆立ちしているさまがコミカルなローカル神・張五郎、不吉の象徴であるにもかかわらずセクシーな姿に擬人化されている九尾狐、逆輸入された和式大黒天など......。ともすれば伝統と相反するような信仰だが、フィールドワークを進めるにつれごく自然なかたちで人々の生活に根づいていることがわかってくる。気軽にお参りしたり祀ったり、祭礼の場を楽しんだり。想像するよりずっとフランクな信仰の姿には「珍しい」の一言で片付けてしまうにはもったいない魅力がある。
珍神をめぐるエピソードの数々は、面白い。たしかに面白いのだが、ただ無闇に面白がっているわけではない。まだ見ぬ文化は、私たちがまだ見ていないだけでたしかにそこにある。そこにあるというのに知らないまま死んでいくなんてつまらないじゃないか。なんでも知りたい、見てみたいというのは人間の根源的な欲求のひとつだが、それにはまず「ある」ということをなんとかして感知しなければならない。そのチャンスを持ってくるのが、TikTokなのだ。TikTokがなければ私たちは、逆立ち張五郎やセクシー九尾狐や逆輸入大黒天の存在を知ることなく人生を終えていただろう。TikTokさまさまである。
写真フルカラー300ページ超で、税込1485円。紙の本の値段がどんどん値上がりしている時代にあってなぜこのお安さ?と思うが、じつはこの本、新書なのである。最高の晩酌のおともを買いに、ぜひ新書売り場へ。
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- 青山ブックセンター本店 高橋豪太
- 眉のつながった警官がハチャメチャやるマンガの街で育ちました。流れるままにぼんやりと生きていたら、気づけば書店員に。二軒のチェーン書店を経て東京・千駄木の往来堂書店に勤めたのち、2025年10月から青山ブックセンター本店に勤務。本はだいすきだが、それよりビールの方が優先されることがままある。いや、ビールじゃなくてもなんでものみます。酔っ払うと人生の話をしがちなので、そういう本をもっと読んでいくらかましになりたいです。

