『蜂の物語』ラリーン・ポール
●今回の書評担当者●田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
──受け入れ、したがい、仕えよ──
『怠惰は罪、不和は罪、強欲は罪、欲望は罪、うぬぼれは罪。完璧なのは女王だけ。』
まるであやしげな宗教を見ているような、これらの言葉が繰り返し刷り込まれるのは、なんと蜜蜂の巣の中。
蜜蜂といえば、あの丸っこいフォルムに、フワッとした首元の愛らしい見た目。
ぽかぽか陽気の中、花の蜜を集める姿は春の妖精のよう。
でも実はその蜜蜂、数多の苦難と試練を乗り越えた大ベテランだったのです。
全てを支配する厳格なルールと規律。
わずかな違反さえも、罪と判断されれば無慈悲な死が待つ超監視社会。
主人公は、そんな巣の中で最下層の階級に生まれた働き蜂の「フローラ717」。
他の種と目を合わせることも、話すこともできない下等な存在です。
ところがフローラには、生まれながらに言葉を話せる特異な能力がありました。
この能力が、彼女の運命を大きく変えていくことになります。
話すことができるというのは、考えることができるということ。
それはつまり、感情や自分の意見をもつことであり、それを他の誰かに伝えることができるということ。
ただし、その「個」としての感情は蜜蜂という社会では、種の存続を脅かす脅威となります。
本能的な枠を越えて「個」としての感情をもつフローラの成長に、「これって、蜂の話でしょ?」と思いながらも、どうしても人間を重ねて見ずにはいられません。
もしも蜂社会で感情が芽生えてしまったらどうなるのか。
もしもアイデンティティの大切さに気づいてしまったなら...。
極限までの擬人化に、これは『ひとりの人間が、蜂社会に入り込んだらどうなるのか』という物語にも感じます。
だからこそ、私にはこの物語が蜂社会のディストピアであると見えました。
この物語は、蜜蜂の社会をとても忠実に描いています。
長くても半年の命である蜂の一生は、人間である私から見ると苦難と試練の生涯です。
雄蜂の呆気ないほどの最期。
優美に見えて孤独な命。
一瞬も輝かずにその生涯を終えるものもいます。
採蜜も決死の覚悟です。
それでも、死にたくない!生きたい!と、毎日どころか、毎時間、毎分、毎秒を必死に生きようとする鮮烈な意思を感じます。
種として守るべきものを理解しながらも、個として守りたいものに出会ってしまうフローラ。
乖離していく思考と心に翻弄されながらも、アイデンティティを守ろうと必死になるフローラの姿に強く共感し、胸が熱くなります。
また、フローラを見ていると、言葉を持つということが私たち人間にとっても、実はとても貴重な能力だと気づかされます。
他者とのつながりだけでなく、自分自身の気持ちを整理し、受け入れるためにも大切な手段です。
もっと言葉を大切に使って、感情や思いをしっかりと表現できるようにしていきたいと感じました。
蜂社会の中で、フローラはどのように自己を保ちながら生き抜くか。
全体的に仄暗い印象ではありますが、読後は不思議と力が漲ります。
命を燃やしながら生きる蜜蜂の一生を追体験できる、生命力溢れる1冊です。
- 『白猫、黒犬』ケリー・リンク (2024年11月21日更新)
- 『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』宮田珠己 (2024年10月17日更新)
- 『スロウハイツの神様』辻村深月 (2024年9月19日更新)
-
- 田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
- 田村書店吹田さんくす店に勤務して3年弱。主に実用書・学参の担当です。夫と読書をこよなく愛しています。結婚後、夫について渡米。英語漬けの2年を経て、日本の活字に飢えに飢えてこれまで以上に本が大好きになりました。小さい頃から、「ロッタちゃん」や「おおきな木」といった海外作家さんの本を読むのが好きです。今年の本屋大賞では『存在のすべてを』で泣きすぎて嗚咽しました。