『女ノマド、一人砂漠に生きる』常見藤代

●今回の書評担当者●田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔

  • 女ノマド、一人砂漠に生きる (集英社新書)
  • 『女ノマド、一人砂漠に生きる (集英社新書)』
    常見 藤代
    集英社
    836円(税込)
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「もっと違う自分になりたい」と感じたことはありませんか?
私は何度もあります。
本書は、勉強一筋で大学に入るまで友人もおらず、電車の切符すら一人で買えないような著者が、「そんな自分を変えたい」という強い想いから飛び込んだ遊牧生活を綴ったノンフィクションです。

たった1人で日本を飛び出し、女ノマド(遊牧民)のサイーダを訪ね、未知の遊牧生活に身を置いた著者。その行動力と勇気には、かつて行動力が欠けていたとは思えないほど驚かされ、同時に嫉妬にも似た感覚になりました。

ノマドが愛する、雨あがりの砂漠が一面美しい緑に覆われる光景。ラクダを連れて移動し、泉の美味しい水を汲み、好きな時間に料理をして食べ、砂の上で広大な星空を眺めながら眠る夜。神と星が身近に感じられる、自然とともに生きる自由な暮らしは、想像するだけでも夢のようです。
それに加えて、サイーダの茶目っ気たっぷりな性格や、遊牧民として生きることへの強い自信と誇り。その姿に強く惹きつけられていく著者の気持ちに、共感せずにはいられませんでした。
「変わりたい」と願う著者にとって、自分の生き方に自信を持つことはきっととても難しいことだろうと思います。私自身、社会の常識や他人の目に左右されて、つい自分らしく生きることを後回しにしてしまいます。そんな中で迷いなく自分の道を歩むサイーダの姿はとても強く輝いて見え、彼女のように強く生きることができたらどんなに素晴らしいだろうと憧憬の念を抱かずにはいられません。

遊牧生活には、「何もしない時間」が存在し、それはきっと自然で当然のものなのでしょう。しかし著者が、『時間が無為に過ぎていく気がしてやるせなくなる』と感じる焦燥感も理解できます。生産性を重視する資本主義社会に生きる私たちと、遊牧民の時間の流れには大きな違いがあり、その感覚の違いを通して『自分の生き方に自信と誇りをもつ』ことについても、改めて考えさせられました。

砂漠で慣れない食べ物を食べて体調を崩したり、毒を持つ生き物に警戒したり、水の大切さを繰り返し説かれ、時にはそのうるささにうんざりしながらも、サイーダの足跡をたどって会いにいく旅はなんと7年にもおよびます。
最初から熱意に溢れていたわけではない著者が、やがて地球上から消えゆこうとしている遊牧民の暮らしを深く知り、その記録を残しておきたいという気持ちにかられていく過程には、人の行動力や勇気の本質を見た気がします。

本書は失われつつあるノマドの文化と変わりゆく人々の生活、そして心の変化を静かに伝えてくれます。
イスラムの女性は抑圧された印象をもつことが多かったけれど、著者が女性であったからこそ、イスラム女性たちの生の声を聞きだすことができました。その結果、彼女たちの言葉や行動、特有の「恥」の概念など、今までとは全く別の角度から、彼女たちの強さや逞しさ、そして感情の豊かさを知ることができました。

自分を変えたいと願って辿り着いたノマド生活は、著者にとって本当に大きな意味をもっていたのだろうと感じます。人は「変わりたい」と願ったその瞬間から、道がすでにひらけているのだと思えました。何気ない一歩が積み重なり、その人にしか見えない景色が広がる。その景色はその人だけが成し得る未来だからこそ、他人の目にはとても尊く映るのだと思いました。

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田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
田村書店吹田さんくす店 渡部彩翔
田村書店吹田さんくす店に勤務して3年弱。主に実用書・学参の担当です。夫と読書をこよなく愛しています。結婚後、夫について渡米。英語漬けの2年を経て、日本の活字に飢えに飢えてこれまで以上に本が大好きになりました。小さい頃から、「ロッタちゃん」や「おおきな木」といった海外作家さんの本を読むのが好きです。今年の本屋大賞では『存在のすべてを』で泣きすぎて嗚咽しました。