『最高の任務』乗代雄介
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
心に住みついた揺さぶる想いが開放してくれない。文章がかけた魔法のような美しい情景が立ちのぼり、至福の感情に満ち溢れる。
本書は私・景子が大学の卒業式以後のいつかの時に日記として書いたもので、過去の事が日記の形式で、二重三重になり、重層的に広がり、繋がる。
大学の卒業式に出ないと言ったら、家族みんなで卒業式に行くと言う。小学5年生以来の2度目の卒業、母の謎めいた言葉、亡き叔母が関係。謎を解くべく過去を掘り起こしていく。
私には聡明で、博識で、すべてを現さず煙にまいてしまう心憎き敬慕する叔母がいた。自分に読まれないようにと叔母からもらった日記帳で、日記を書き始める。日記を書くことでしか、自分を顧みることができず、しばらく、「あんた、誰?」という書き出しで日記を始める私は、自分の心のありかがわからず、その心情が突き刺さる。
感想文を相澤忠洋の「赤土への執念」で叔母が書いたことがあると言ったから、書くことにしたとか、家にねじ木があったこと、国語の時間、短歌を叔母が「友」につながる枕詞を「かこつるど」といっぱいくわされて教えられて提出したこと等私は生きているために書き続ける。
大学入学後、書くことがなくなった叔母と出かけた事は、叔母が亡くなって一年ほどして、大学を休学した時、二人で出かけた場所を一人で出かけるという形をとって、また書き始めた。
草花が春を謳歌して、青鷺は二年後の今もそこにいて一人きりの私を出迎えてくれる。
風景描写が圧倒的な美しさで迫ってくる。一人で訪れて、二人でいた数年前のために心をこめて書き直されたもの、叔母と姪の切ない想いが合わされ、情景として更新されていき、心を揺さぶられずにはいられない。
私と叔母の出かけた先での高橋虫麻呂、文福茶釜、そして相澤忠洋の家族とのことが心に忍び込む。
卒業式後、家族みんなで行った電車の旅。そこで、叔母の私に対する想いといつも見守り続けていた家族の強い愛が、美しい光を放って照らし出され、号泣してしまった。著者の想いが現れる数々の文章、触れると胸があつくなる。
私は、お話の中にまぎれたこの世のものについてどれほどのことを強く優しく礼儀正しく考えられるだろう? すべてのものには見えなくても意味があり、そのすべてが現在へとつながっているのだと。
自分を書くことで自分に書かれる。自分が誰かもわからない者だけが筆のすべりに露出した何かに目をとめ、自分を突き動かしている切実なものに気付くのだ。
信じるということは、確率や意見、事実すらを向こうに回した本当らしさをこの目に映し続けることである。書くということは信じることができる。希望があると心に刻んだ。
本書でこの世に存在するすべてのものへの敬意と生きる力と書くことへの信頼と希望を受け取った。何度も繰り返し読んでいるが、読むたびに新しい感動が更新される一文字も逃したくない特別な本だ。
- 『月まで三キロ』伊与原 新 (2020年1月16日更新)
- 『ザ・ロイヤルファミリー』早見和真 (2019年12月12日更新)
- 『罪の轍』奥田英朗 (2019年11月14日更新)
- ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
- 生まれも育ちも京都市。学生時代は日本史中世を勉強(鎌倉時代に特別な想いが)卒業と同時にジュンク堂書店に拾われる。京都店、京都BAL店を行き来し、現在滋賀草津店に勤務。心を落ちつかせる時には、詩仙堂、広隆寺の仏像を。あらゆるジャンルの本を読みます。推し本に対しては、しつこすぎるほど推していきます。塩田武士さん、早瀬耕さんの小説が好き。