『ファイア・ドーム』辻村深月
●今回の書評担当者●宮脇書店ゆめモール下関店 吉井めぐみ
自分は、知らない誰かのことをどれだけ知ったつもりで語っているだろう。そんなことをこの作品を読みながら何度も考えた。
何か事件が起こるとネット上ではたくさんの人が推理を始め、さまざまなことが投稿される。事件の背景や犯人について、自分なりの推測を語る人も少なくない。けれど、ネットが普及する前もテレビや新聞で事件を知り想像を膨らませて、したり顔で語っていた人はきっといただろう。もちろん、本人たちはそれが事実ではなく、あくまで想像なのだということはわかっているのかもしれない。それでも、事件の起こっている土地では、いつしか噂がまことしやかに囁かれ、それが一人歩きしてしまうことがある。辻村深月さんの『ファイア・ドーム』は、そんな「噂」の恐ろしさを描いた作品だ。
物語の始まりは、25年前に起きた百貨店受付嬢の誘拐殺人事件。事件は大きく報道され、町の人々の関心を集める。そして、そこから生まれた噂は時間がたっても消えることなく人々の中に残り続ける。25年後の現在起こった出来事をきっかけに過去と現在がつながり、事件の真相とともに噂がもたらしたものが明らかになってくる。
毎日帰ってくるはずの家族が帰ってこない。連絡もつかない。それだけでも残された家族にとっては、とてつもない恐怖だと思う。そこへ事実かどうかもわからないことを噂される。さらに被害を受けた後で真実を話しているにもかかわらず信じてもらえないとしたら。その恐ろしさは想像もできない辛さだろう。人は一度思い込んでしまうと自分の中に出来上がった物語を簡単には手放せないのかもしれない。報道された情報に自分の想像を重ね、いつの間にかそれを「真実」のように語ってしまう。そして、それを聞いた別の誰かがまた語る。そうやって噂は広がっていく。それこそドームの中で広がっていく炎のように。
本作を読んで、思い込みと報道の恐ろしさを強く感じた。一方で、そんな状況の中で噂に流されず、人と真摯に向き合って真実を見つけようとする人たちの姿に救われた。どうか、その光が失われないでほしい。そう願わずにはいられなかった。
そして、読み終えたときに一番強く残ったのは事件に巻き込まれた人たちに対して心無い言葉を発する人たちへの怒りだった。けれどその怒りはそのまま自分にも返ってきた。自分もこれまで知らない誰かについて十分に知らないまま想像し無責任に言葉を発してなかっただろうか。噂は最初から大きな炎として生まれるわけではない。人から人へ、想像や思い込みが加わって少しずつ燃え広がっていく。だからこそ何かを語るときには、それが事実なのか自分の思い込みではないのか、一度立ち止まることが必要なのだと思う。
『ファイア・ドーム』は事件の真相を追うミステリーでありながら、噂や報道に翻弄される人々の苦しさを通して、私たち自身の「言葉との向き合い方」を考えさせられる作品だった。
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- 宮脇書店ゆめモール下関店 吉井めぐみ
- 書店員13年目。気付けばミステリーばかり読んでいます。伏線を探すつもりが、だいたい作者にいいように騙される。それでもやめられないのがミステリーの魅力。横溝正史、綾辻行人、有栖川有栖、京極夏彦、町田そのこ、青山美智子、澤村伊智、芦花公園、もっともっと好きな作家さんたくさんです。推しは 谷山紀章 、GRANRODEO SnowMan 。


