『少し長めの一瞬』熊倉献

●今回の書評担当者●本屋 亜笠不文律 アガサジューン

  • 少し長めの一瞬
  • 『少し長めの一瞬』
    熊倉 献
    東京創元社
    990円(税込)
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一般的な新刊書店で、一定以上の広さを有するコミック売り場がある場合、そこに並ぶマンガたちは、便宜上ジャンルごとに振り分けられる。大分類だと、少年コミック・少女コミック・青年コミックといった具合。掲載媒体の対象年齢に従って区別されるケースが多いものの、実際その物語を味わってみると、いやどの分類にも当てはまらんだろ、と思うことが時々ある。熊倉献のマンガ作品は、まさにそう。カテゴライズできない魅力が炸裂している。

『少し長めの一瞬』は、短編集。東京創元社が定期刊行している文芸誌『紙魚の手帖』、そこでの連載分+描き下ろしを合わせた16編の物語だ。ひとつひとつの物語は20ページ弱、さらりと読み果せてしまうボリュームだが、どれも摩訶不思議に味わい深い。例えば『レーザービーム・ステッチ』は、女子ふたりの雑談から始まる会話劇。手芸が得意なサキは、バイト仲間のアオイから服のリメイクを依頼される。「私の彼氏 腕が4本あるの」、だから、彼氏のパーカーの袖を4本にしてほしいのだとアオイは言う。照れくさそうに、でもどこか神妙な面持ちで話すアオイに、どういうこと?彼氏って宇宙人?と戸惑うサキ。アオイの彼氏はどこかの星から来たのだろうか?裁縫に失敗して、宇宙人に攻められたらどうしよう?未知なるものへの恐怖が顔を出すが、まずは自分を信頼して頼ってくれたアオイに報いようと、サキは真摯に袖の数を倍に増やしていく――。

熊倉献が描くキャラクターは、みんな変だ。妙なクセがあって、どこかズレていて、なのに愛おしくてたまらないと思わせる魅力がある。どれほど僕が私が君があなたが変であろうと、現実からかけ離れた未知が降りかかろうと、「ふーん、で、どうする?」「そっか、じゃあまた明日~」みたいな朗らかさで、そのままを肯定してくれる。それでいて、ページを繰るたびほとばしる、ユーモアと言語センス。物語の行方はSF(すこしふしぎ)に自由自在。読むたびに、作者の果てのない想像力を浴びて、面白さに撃ち抜かれてしまう。

同時に、マンガ的画面作りも非常に技巧的で、惚れ惚れする。直線だけを使い枠内に収めるシンプルなコマ割りの中に、膨大で複雑な情報量を盛り込む手腕。大ゴマを使った見せ場の活かし方や、マンガ表現でしか成し得ない視覚的な遊び心。にもかかわらず、絵柄はすっきりとした可愛さを失わない。物語を追うだけでなく、漫画家としての卓越した技術に着目しながら再読するのも、乙なもの。

表題作『少し長めの一瞬』は、雑踏で目が合った男女ふたり(表紙のふたりでもある)が、引力のように惹きつけられ会話が始まる。「...まさかまた出会うなんて...」「どうして...いつもすぐ分かるんだろ」、さっき初めて遭遇したはずのふたりは、既にこれまで何度も何度も出会っていた。互いがミジンコとボルボックスだった時、はたまたジュラ紀に恐竜同士だった時、あるいは江戸時代に橋の上で人間として対峙した時、ふたりは全部、全部覚えている。そうしてタイトルの意味に触れた時、読者は願わずにいられない。ふたりの物語のその先を。これほどまで面白いマンガに、また出会えることを。

手塚治虫が手塚治虫としか呼ばれないように、萩尾望都が萩尾望都としか呼ばれないように、熊倉献という唯一無二のジャンルなのだ。次はどんな作品を読ませてくれるのだろう。短編?それとも長編? いや、なんだっていい。この先もずっと、熊倉献を読んでいたい。

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本屋 亜笠不文律 アガサジューン
本屋 亜笠不文律 アガサジューン
2025年、大阪市阿倍野区にて総合新刊書店を開業。喫茶席もあり古本も扱いイベントも行う。需要に応えつつ発見に満ちた品揃えを維持し、まちの本屋が持ち得る機能を多々備えた場所に。……ユーモア溢るる自己紹介を述べたいのに、クソ真面目宣伝と化している。書店チェーン雇用下で人生を全うするはずが、ミラクル大回転を経て経営者に。融資返済と業務過多に追い立てられるも、驚くほどに本が売れるさまは、全ての憂いをぶっ飛ばす効を持つ。書店減少、抗って参りましょう。