【今週はこれを読め! ミステリー編】人の孤独のありようを描く〜アン・クリーヴス『悔恨』
文=杉江松恋
物語のあらすじは忘れても、ここに描かれた人々の顔だけは忘れないだろう。
そんなことを考えながらアン・クリーヴス『悔恨』(高山真由美訳。ハヤカワ・ミステリ文庫)を読み終えた。
アン・クリーヴスは現代イギリスを代表するミステリー作家の一人で、グレートブリテン島の北東部に浮かぶ、シェトランド諸島を舞台とした〈ジミー・ペレス警部〉シリーズが日本には最初に紹介された。本国における看板作品としては他に、ヴェラ・スタンホープを主人公とする連作が先行していたのだが、紹介が前後してこちらは2026年になってようやく、シリーズ第三長篇にあたる『水面の弔花』(玉木亨訳。創元推理文庫)が邦訳された。前者は〈シェトランド〉、後者は〈ヴェラ 〜信念の女警部〜〉の題名でドラマ化されており、日本でも観ることができる。
『悔恨』はクリーヴスにとって最も新しいシリーズの第三長篇である。舞台となるノース・デヴォンは、イギリス西部ヘレフォードシャーで生まれた後に移り住み、そこで育った土地である。その懐かしい場所を舞台に、小さな田舎町で起こる事件捜査が描かれていく。
主人公はマシュー・ヴェンという中年の警察官だ。バーンスタブル署で警部として捜査チームを率いることになって、まだそんなに日が経っていない。部下は部長刑事のジェン・ラファティとロス・メイ刑事である。ジェンはシングルマザーの苦労人で、都会の警察署で揉まれてきた経験もある。有能だが、私生活での出来事が情緒に影響を及ぼすこともあり、今一つ不安定な人物だ。若いロスは上昇志向を隠そうとしない人物であり、その鼻もちならない態度が面倒事を引き起こすこともある。
この凸凹コンビを御していかなければいけないマシューは自己主張が苦手なタイプで、慎み深い態度は周囲から信頼されている。ジョナサン・チャーチという男性と同性結婚していて、その私生活が捜査の合間に描かれていく。
今回マシューたちが担当することになるのは、かつて名声を博した冒険家、ジェレミー(ジェム)・ロスコーが海上に漂うボートの中から刺殺死体として発見された事件である。ジェムはノース・デヴォン沿岸のグレイストーン出身だったが、最近になってこの村に戻っていた。地元の人間とはほぼ没交渉だったため、彼が何を考えてグレイストーンに帰ってきたのかはわからない。隠された私生活の中に事件の謎を解く鍵はあるはずであり、マシューたちはジェムについて調査を開始する。
おわかりのとおり、死亡、失踪などによって不在の人物の肖像を描いていくことが幹となる小説である。誰もが知る冒険家であったのは過去のことで、ジェムの最近は靄に包まれている。ばらばらになったジグソーパズルを完成させるようなものであり、一つずつピースが嵌まっていく過程が堪能できる。パズルが少しずつ出来上がっていくと、予想されたのとは違う絵柄が見えてくる。ジェムの過去を含む私生活の顔は、著名人ということで抱く印象とはだいぶ違ったものなのである。それをじっくりと読ませてくれる小説だ。
グレイストーンはジェムが十代を過ごした場所なので、かつての彼を知る者が多数いる。上手いのは、冒険家の人生を掘り下げていく過程で、それ以外の登場人物が持つ別の顔も見えてくるようになることだ。ジェムにはかつて、エレノアという女性を最愛の人として周囲にも喧伝していた時期があったが、現在その人は別の男性と結婚している。かつての三角関係が浮かび上がっていくわけである。マシューたちが村に足繁く通って観察を続けるうちに、見えてくる景色はだいぶ違ったものになっていく。
小さな共同体を舞台にした捜査小説のお手本といっていいような展開だが、もう一つ仕掛けがある。マシューの家庭はプレザレンという偏狭な教義を信奉する宗派に属していたのだが、それに耐えられなくなって彼は信仰を捨てた。そのとき、実母であるドロシーとの間にあった絆は切れてしまったのである。グレイストーンにはそのプレザレンの信徒が多数住んでおり、マシューに棄教者として謗られた過去があることもよく知られている。彼にとってグレイストーンでの捜査は、心に圧迫のかかる行為なのである。そうした心境が叙述にも影響を及ぼしており、薄暮の中を歩むような心細さが本書には漂っている。
『哀惜』『沈黙』と第一、二作が書かれてきて本作『悔恨』に至るので、興味がある方は過去作をお読みになってから本作を手に取られてもいい。その方がマシューたちの背景は理解しやすいと思うが、もちろん『悔恨』から読み始めてもまったく問題はない。それぞれ独立した一篇だからである。村の人間関係が明らかになっていく中で複数の容疑者が浮上してきて、マシューが推論を立てていく。犯人捜しの興味に焦点が絞られる中盤以降から、ミステリーとしての興趣はどんどん増していくはずである。
ミステリーとしての仕掛けを別にして言うと、今回の主題は孤独のありようを描くことではないかという気がする。誰もがお互いを知っているような狭い土地柄なのだが、知っているつもりで本当のところはわかっていない。心の扉を開けて中を覗いたときに初めて見える暗さ、虚ろさというものが深い印象を残すのである。ところどころに挟まれる短い挿話が効果的に用いられており、特に自身の孤独を癒すために他人からは理解しがたい行動をとってきたある女性のそれは、忘れがたいものがあった。
イギリスの地方都市といえば宿泊もできる施設・パブの存在が有名である。アメリカの作家マーサ・グライムズの〈警視リチャード・ジュリー〉シリーズは、『「禍いの荷を負う男」亭の殺人』(文春文庫)のように、パブの名前を毎回題名に配して好評を博した。今回もグレイストーンに存在する〈乙女の祈り〉亭というパブが主要な舞台の一つになる。酒場に集まる者たち、そこで交わされる会話が物語の重要なピースになるのである。
冒頭には、突然村にやってきたジェム・ロスコーについて、酒場の客たちがあれこれと噂話をしあう場面がある。酒場にやってくるとジェムは、グレイストーンにやってきたのはある人に会うためであり、相手はいつ現れてもおかしくない、と語っていた。その謎の待ち人が現れることを村人たちも期待するようになったのである。
----ときにはロスコーが階上の窓から水平線を見つめている姿が見えることもあった。船を探して目を凝らしているかのようだった。
そう描写されるジェムの姿は、決して自分の手には入らない何かを待ち続ける人のありようを象徴するもののように感じられる。人の孤独とは、そういう姿によって表されるのだと。
(杉江松恋)






