【今週はこれを読め! エンタメ編】生に寄り添い、死に立ち会う〜藤岡陽子 『春の星を一緒に』

文=高頭佐和子

  • 春の星を一緒に
  • 『春の星を一緒に』
    藤岡 陽子
    小学館
    1,980円(税込)
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 人は必ず死ぬ。親族や身近な人を何人か見送ってきて、それはわかっているつもりだ。だけど、自分自身の死についてしっかりとした準備や何らかの覚悟があるのかと言われれば、全くそうではない。そんなふうに死にたくないだとか、こんな感じに死ねたらいいなどと身勝手に考えてしまうことはあるけれど、人間は死に方を選べない。なんの心構えもないまま突然に命を絶たれるかもしれないし、長く苦しむのかもしれないのだ。想像するとやはり「死ぬのは怖い」という気持ちになる。

 この小説のテーマは終末医療だ。読み終えた今、なにか答えが出たわけではないのだけれど、当たり前のことに一つ気づいた。死ぬ直前まで、人は生きている。死ぬことの隣には、生きることがある。

 主人公の奈緒は四十歳のシングルマザーである。看護学校を卒業したもののすぐに看護師にはならなかった。東京で結婚し子育てをしていたが、夫の不倫により離婚することとなり、小学生だった息子の涼介を連れて丹後半島の実家に戻り、病院に就職した。父・耕平の協力のおかげでここまでやってこれたのだが、高校生になった涼介とは最近心の距離ができてしまっている。

 涼介はさほど成績が良くないにも関わらず、突然に医学部を目指すと言い出す。戸惑う奈緒の力になってくれたのは、同じ病院の医師で、耕平の主治医でもある三上である。奈緒とはかつて訪問診療の仕事を一緒にしており、涼介とも親しくしてくれる心温かい人物だ。過酷な家庭環境で育ち、ある思いを抱いて医師を目指した三上の言葉に助けられ、息子の挑戦を応援する決意をした奈緒だが、耕平の急な体調悪化をきっかけに、さまざまな困難に見舞われてしまう。

 最期までその人らしく生きるための医療を目指したいという三上に誘われて、奈緒は東京の緩和ケア病棟で働くことになるが......。

 いくつもの死が描かれる小説だ。最期まで孫の将来を思っていた耕平、十歳の娘を別れた夫に託して緩和ケア病棟に入院した女性、幼い時に別れた息子と最期に会いたいと願った母親......。奈緒は、それぞれの生に寄り添い、死に立ち会う。最期まで希望を持ち続け、思いを遺そうとする人々の姿に、いつかは訪れる自分の身近な人や自分自身の死と、人生について考えずにいられない。

「不運ではあっても不幸にはならなかった」三上の生き方と、尊敬する人の後を追いかけるようにひたむきに努力をする涼介が清々しい。登場人物たちから、たくさんの課題を手渡されたような思いがする小説だ。

 (高頭佐和子)

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