【今週はこれを読め! エンタメ編】少女漫画誌を作った人々〜大島真寿美『うまれたての星』

文=高頭佐和子

  • うまれたての星
  • 『うまれたての星』
    大島 真寿美
    集英社
    2,750円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

 子どもの頃、漫画雑誌の発売日が楽しみだった。主人公の恋の行方や巻き込まれた事件の展開に、喜んだり悲しんだり驚いたり......。翌日には友達と感想を語り合い、好きな漫画家のコミックを手に入れれば何度も読んだ。そんな経験のある人には、絶対に読んでほしい小説である。

 舞台は、1969年から1973年にかけての少女漫画誌編集部だ。雑誌の名は「週刊デイジー」と「別冊デイジー」。1972年生まれの私は、この時代の漫画を後追いで読んだ世代だ。少女漫画の可能性を大きく広げた名作が生まれ、後々まで活躍する漫画家たちが世に出始めたこの時代には、思い入れのある作品がいくつかある。著者は「週刊マーガレット」や「別冊マーガレット」に関わっていた人々や、連載していた漫画家たちに入念な取材をしたという。もちろんフィクションとして書かれているのだが、読んでいると「これって◯◯先生のあの作品がモデル?」「懐かしい!もう一度読みたいなあ」「十年早く生まれたかったわ」「あの名作にこんなエピソードが......」と記憶の掘り返しと脳内ひとり会話が忙しい。当時の記憶がある人にもそうでない人にも、「別冊マーガレット」公式サイト内にある「別マメモリーズ」というコーナーがおすすめだ。https://betsuma.shueisha.co.jp/memories/ 副読本的に眺めつつ読み進めると、楽しさと感動が増すこと間違いなしだ。ぜひ一度目を通していただきたいと思う。

 辰巳牧子は、高校を卒業して神保町にある出版社に就職したばかりだ。経理補助という立場で「週刊デイジー」と「別冊デイジー」に配属され、経理業務の他、お使いやゴミ捨てや洗い物などの雑用をやっている。男性たちは牧子の名前すら覚えてくれていない。編集部には何人か女の人たちもいて彼女たちは名前を覚えてくれたけれど、見るからに優秀そうで気後れしてしまう。そのことに不満がある訳ではないのだが、牧子は思う。

「ようするにわたしは女中さんなんだ。」

 好奇心旺盛で物おじしない牧子は、次第に編集部の中に溶け込んでいく。「別冊デイジー」の小柳編集長が雑誌をくれたことをきっかけに漫画にも興味を持ち、小学生の姪・千秋と共に、誰よりも熱心な読者となる。そして、編集部にとって必要な人材にもなっていく。

 牧子からは優秀でかっこよく見える若手編集部員の西口克子と香月美紀だが、男性編集部員と同等の仕事をしているわけではない。ふたりとも正社員ではなく、漫画がどれだけ好きでも勘が良くても、漫画家の担当はやらせてもらえない。漫画を描いているのは、彼女たちと年齢の変わらない女性たちだけれど、担当するのは男性社員と決まっているのだ。懸賞のページや芸能記事を作ることだって重要な仕事というのはわかっている。だが彼女たちは、好きな漫画の仕事をしたいという気持ちを、持たずにいられない。

 理不尽だし、もったいない。

 今の視線で見れば多くの人がそう思うだろうが、これが当たり前だった時代のことを私も覚えている。漫画のことを何もわかっていなかったはずの男性編集者たちは、経験を重ねて次第にいい仕事ができるようになっていく。社員に登用された女性編集者も漫画の担当をするようになるのだが、男性の新人編集者には当然のように得ているチャンスが彼女たちに与えられることはない。男性たちには、決して悪意があるわけではないからモヤモヤする。「私たちは同じ土俵にいない」そんな言葉で自分を納得させようとする先輩もいる。そのような状況のもとで生き方を模索する女性たちの姿は、決して過去のものになったわけではない。だが、どの時代にも悩みながらもやりたい仕事に挑戦したり、後輩たちや下の世代を応援しようとする女性たちがいる。

 小柳編集長が率いる「別冊デイジー」は、才能と情熱に溢れる若い漫画家を次々にデビューさせ、発行部数を伸ばしていく。「週刊デイジー」でスタートした歴史マンガの連載が大人気となり、ファンレターが殺到する。心血を注いで作品を仕上げ、信念を曲げることをしない若い漫画家たち。彼女たちに振り回されながら作品の人気を競い合う個性あふれる編集者たち。周辺で彼らを支える人々。そして、熱心に雑誌を読み心の糧にして成長していく千秋のような読者たち。それぞれの情熱がぶつかり合い溶け合って、作品が世に出ていく様子が生き生きと描かれていく。

 読み終えると、過去に読んだたくさんの少女漫画のことが次々に思い出されてくる。何かを諦めようとした時、苦しくて仕方がなかった時、理不尽に腹が立った時、大好きだった作品の登場人物たちの言葉を、思ったこともあった。何十年も前に読んだ作品なのに、決して忘れないシーンもある。好きだったキャラクターのことを考えると、今も笑顔になれる。たくさんのものを、漫画から受け取って生きてきたのだと思う。そんな気持ちを登場人物たちと共有できた気がする。ラスト数ページに、胸が熱くなった。

(高頭佐和子)

« 前の記事高頭佐和子TOPバックナンバー