【今週はこれを読め! エンタメ編】「祈り」を考ずにいられない短編集〜角田光代『神さまショッピング』
文=高頭佐和子
神社仏閣教会など、祈る場所が好きだ。旅の目的にすることも多いし、近くを通る時に寄ってみたりすることもある。信仰心もないのにいいかげんなものだなあ。自分にそんなツッコミを軽く入れつつ、周囲にいる人のやり方を真似て祈る。その時々の具体的な願い事をしてみることもあるけれど、日々が平和であるようにというようなモヤッとしたことを思うこともある。祈れば必ず叶うと信じているのかといわれたら、そういうわけでもない。じゃあ、いったい何がしたいのか。考えずにいられなくなる一冊だ。
八篇の小説が収められている。主人公たちは、どこかですれ違ったかもしれないと思うような身近に感じられる人々である。誰にも言えない切実な願いを抱えて、あるいは何を求めているのかわからないまま、彼らは遠い場所にいる「神さま」に会いに行く。
「世界の神さま一覧」という本に掲載されていた「清濁併せのむ神」に祈りたいことがあり、美津紀は夫にも秘密でスリランカにやってきた。心に秘めているのは、父親に関する誰にも打ち明けられない願いだ。
いつかサンティアゴ巡礼の道を歩いて神秘体験をしてみたいと思っていた千津留は、高校時代からの友達に誘われてパッケージツアーに参加する。ほとんど歩かせてもらえない「にせ巡礼」にがっかりし、友のはしゃいだ言動にうんざりしながらも旅を続ける。
友人たちを誘ってパリにやってきた吉乃は、自由行動の時間にひとりで「奇跡の教会」を訪れる。ある罪を許されたいという思いからさまざまな寺院仏閣を訪ねていることを、友人たちは知らない。
夫と離婚して息子と暮らす鶴子は、ある人物との縁を断ち切りたいという強い思いから、京都の縁切り神社に向かう。うしろめたさを感じさせない賑やかな雰囲気に困惑しつつ、見てしまった他人の願い事が目に焼きついて、心が揺らぐ。
切実な思いで旅に出る主人公たちだが、信仰心が篤いわけではない。そこに行けば願いが叶えられたり、許され救われるかもしれないという思いに動かされ、時間と労力を使い、時には罪悪感を抱えながら神さまを訪ね歩く。数十ページの短い小説の中から、彼らがそれまでの人生で得たものや失ったもの、抱えてきた後悔や叶えられなかった希望が溢れてくるようで、他人の秘密に触れてしまったように背筋がゾクッとする。
一篇読み終わるごとに、いろんな場所で深い考えも信仰心もなく祈ってきた自分のことを思い返さずにいられなかった。一緒に訪れた親しい人やその場所にいたたくさんの見知らぬ人たちは、何を思っていたのだろう。私も彼らも、同じように熱心に手を合わせたり頭を下げたりしていたけれど、その心の奥に何があるのかは決して他人には見えないのだ。そのことを恐ろしく思いながら、読み終わると緊張から解放されたような、不思議な気持ちになった。
(高頭佐和子)