【今週はこれを読め! エンタメ編】民博愛がいっぱいの『変わり者たちの秘密基地 国立民族学博物館』
文=高頭佐和子
国立民族学博物館。通称・民博。
私を確実に笑顔にしてくれる場所である。所在地は太陽の塔がある大阪の万博記念公園の中で、関東在住の私にはなかなかハードルの高い場所なのだが、何度か足を運んでいる。広い空間に、剥き出しで展示されている世界各国から運ばれてきたインパクトのある造形物たち(貴重そうなものからなんでこれが?というものまでいろいろ)を見ていると、よくわからない幸福感に包まれるんだけどなぜなんだろう。毎回半日くらいは滞在しているのだが広すぎて回り切れず、帰る時はいつも後ろ髪を引かれるような気持ちになって、また絶対に来ようと思うのだ。
大好きな民博のことを、もっと知って楽しみたい。語り合える仲間を増やしたい。そんな願いを叶えてくれそうな本が刊行された。著者の名はミンパクチャンさん。ゆるキャラっぽいネーミングだが、市井の国立民族学博物館ファンのルポライターだそうだ。序文を読むだけで、その深い民博愛と行動力に心打たれる。迷惑だと思うけど、心の友と呼ばせてもらおう。
国立民族学博物館とはそもそもなんぞや、と思った方も中にはいらっしゃるだろう。ひとことで説明すると「民族学と文化人類学の国際研究拠点」なのだそうだ。「博物館」であると同時に「研究所」であり、学芸員はおらず研究員(教員)が仕切っている。この本を読むと、みんぱくの成立ちや展示の方針などを知ることもできるのだが、最も興味深いのはこの研究員の方々なのである。ミンパクチャンが出会う先生たちのキャラクターが、とにかくめっちゃ濃い。研究所の教授というと、アカデミックな世界で生きてきた固い人感じの方たちを想像してしまうが......。いやいや、個性が渋滞しちゃってますっ!
まずは、この本の監修者でありベトナムの黒タイ族を研究している樫永真佐夫先生も、想定外の発想で研究者になっている。プロボクサーになりたいが、世界チャンピオンになるのは無理だから作家になろうと思い、いきなり物書きになるのも難しそうだからとりあえずという気持ちで文化人類学の道に進んだという。
モンゴルのシャーマン研究をしている島村一平先生は、是枝裕和氏に憧れて番組制作会社に就職したそうだ。足の裏に黒カビが生えるほど過酷なモンゴルロケを終えた後に、「帰りたい」という衝動に襲われて辞表を出し、なんのビジョンもないままモンゴルに渡ったという。
エチオピアの吟遊詩人を追いかけている映像人類学者の川瀬慈先生は、寺院の子に生まれ、高校時代には京都の本山で得度した。大学時代には音楽活動が軌道に乗り、やめたくないので、親を説得するために大学院に進学したのだとか。
奴隷研究の鈴木英明先生は、とにかく声がでかくファッションセンスが独特で、特別展「驚異と怪異」を成功させた山中由里子先生は幻獣系モチーフの服を見つけると無視できないそうで......。
偶然と独特の発想と高い能力が重なってやりたいことに出会い、民博へと集結した先生たちが、研究の苦労や喜び、展示に対する考えを自由に語っている。刺さる言葉とユーモラスなエピソードがいっぱいだ。それぞれの風変わりな人柄が、興味深い研究とユニークな展示を生み出している様子が伝わってくる。民博が好きな人はもちろん知らないという方にも、肩の力を抜いて楽しんでほしいノンフィクションである。
「私は人間が大好きです」「人間がおもしろくてしょうがない」
川瀬先生のこんな言葉が心に残った。私が民博に行きたくなるのも、そう思っているからなのかも。いろいろな文化や歴史があって、さまざまな人が住んでいて予測不能なことが起きる世界の一部に、出会うことができる貴重な場所なのだ。自分と違う人たちのことを、知りたいと思う気持ちや愛おしく思う気持ちを忘れないでいられるように、近いうちにまた民博に遊びに行こうと思う。ミンパクチャンさん、ナイスジョブです!
(高頭佐和子)