【今週はこれを読め! エンタメ編】さまざまに気持ちが開いていくアンソロジー『最後の晩餐』
文=高頭佐和子
アンソロジーのよさは、それまで読んでこなかった作家に出会えることにあると思っていた。初めて名前を聞く新人作家や、なんとなく読んでいなかった作家によるものが心に残り、好きな作家が増えたことが過去に何度かある。だが、このアンソロジーに関してはそういう楽しみがない。確実に新鮮な読後感をくれるベテランの女性作家の作品だけで編まれているからだ。それぞれの著者の魅力が、短編の中にギュッと詰まっている。順番に読んでいくと、いろいろな方向に気持ちが開いていく。なんという贅沢。
夜のコインランドリーで耳にした若い夫婦の会話から、自身の最後の晩餐を想像するひとり暮らしの女性を描いた江國香織氏『コインランドリーの夜』。特別なことは何も起こらないところが、好きだなあと思う小説だ。
クズ男と別れた後に「死にたい」とグループラインに入れた主人公のもとに、「最後の晩餐」を持った女友達が集まってくる金原ひとみ氏『ラストサパーフォーエバー』。「コンプラとかポリコレとか」そういうのナシのパワフルな本音トークに、読者の私も元気になってくる。
最期の時が近づいた92歳男性の病室に、家族や親しい友人が次々にやってくる一日を描いた角田光代氏『最後の鰻』。「最後のごはんは鰻がいい」と言っていた男性のために家族が奮闘する、にぎやかで幸福な物語だ。
従業員5人の小さな会社を退職する中年女性の送別会が、本人が来ないままスタートしてしまう寺地はるな氏『小曾根幸子の送別会』。なんだか嫌な感じの食事会から始まるけれど、予想外のかっこいい展開に心が晴れた。
ある理由から、長年会っていない遠縁の女性作家の「最後の晩餐」がなんだったのかを調べることになったライターが登場する原田ひ香氏『最後に、何を食べたの?』。嘘を重ねていく主人公の罪悪感と焦りにハラハラしつつ、最後は思いがけない感情が沸いてくる。
若い頃に香港のアクションスターのファンクラブ活動を通して知り合った長年の友人同士の会話がリアルで楽しく懐かしく、細いけれど簡単には切れない糸で繋がっているような関係に心が温まる藤野千夜氏『もうひとりのねえちゃん』。数年後の自分も、こんなふうに一緒に時間を過ごせる相手がいたらいいなあと思う。
亡くなった夫が家族で行きたいと言っていた所在地不明の「最後の晩餐」という名の店を、娘たちと一緒に探すことになった妻の心境の変化を描いた井上荒野氏「本当の話」。いつもほら話で家族を面白がらせていた夫の話は、嘘だったのか、本当だったのか。このアンソロジーを読み終える気持ちにピッタリ寄り添ってくれるような、ラスト3行がとても好きだ。
最後の晩餐というと、死ぬ前に何を食べたいかという話にはなりがちだけれど、実際の最後の晩餐は、多分選べないのだ。亡くなった友人や家族は、最後に何を食べたんだろう。私は最後に何を食べるんだろう。読み終わると、そんなことを考えさせられる。どの作品にも色彩の違う魅力があり、きっとその時の自分の置かれた状況で、響く作品は変わるのだろうと思う。
家族を亡くして間もない私には、『最後の鰻』がグッときた。この小説のように、にぎやかに温かく送り出してあげることはできなかった。読み終わった後、登場人物たちのように、あれを一緒に食べたなあとか、こんなものを食べたいと言っていたねとか、いろいろ思い出している。
(高頭佐和子)

