【今週はこれを読め! エンタメ編】十勝で暮らす人々の日常〜河﨑秋子『隣の畑は青々と』

文=高頭佐和子

  • 隣の畑は青々と
  • 『隣の畑は青々と』
    河﨑 秋子
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 河﨑秋子氏といえば、熊を連想する方が多いのではないだろうか。野生動物や大きな苦難と闘う人間の姿を描く重厚な作風には毎回圧倒されるが、現代社会を生きるごく普通の人々を描いた作品にも魅力がある。介護と推し活がテーマの『介護者D』(朝日文庫・推し活してる人は全員泣くはず)、謎の農業コンサルタントが活躍する『森田繁子と腹八分』(徳間書店・食べ物がめちゃめちゃおいしそう)なども、ぜひ読んでいただきたいと思う。

 『隣の畑は青々と』は、十勝で暮らす人々の日常が描かれた連作小説集だ。農業を営む橋本家を中心に、さまざまな悩みや葛藤を抱える人々が登場する。殺伐としているわけでもなければ、心温まるだけでもない普通の人々の暮らしがリアルに描かれていく。

 橋本修司は、中規模農園の三代目だ。天候や体力の低下に悩まされてはいるものの、経営状態は特に厳しいこともない。今の規模で農業を続けていくつもりだが、先々のことは決めかねている。まずまず平穏といえる橋本家だが、女ばかりの家はちょっと居心地が悪い。同級生だった妻・亮子は、最近些細なことでつっかかってくるようになった。高校生の娘・千沙はアルバイトとして家業を手伝ってくれているが、最近はフリマアプリでの買い物に夢中で、父親には不機嫌な顔を見せる。農作業を引退した母・由美子は、修司にいう。「あんたは何も分かってないよ。千沙のことも、亮子さんのことも」

 近所にあるカシオペア農場は、元は家族経営の農家だったが、修治と同級生の社長が幅広く事業展開をし、海外からの研修生も受け入れて規模拡大を続けている。最近はオンラインセミナーなどもやっているようで、隣の長谷川家の婿・一樹は、社長に憧れているようだ。廃校になった小学校では、東京から移住してきた夫婦が地域密着型のカフェを経営していて繁盛しており、修司も常連になっているのだが、ここを移住者に貸し出すことを提案したのも社長だ。ある日、一樹から連絡がある。カシオペア農場が、大変なことになっているというが......。

 結婚した当時、犬を飼いたいという願いが家族の反対で叶えられなかったことを忘れられない亮子。サラリーマン家庭の出身で、新しいことをやってみたいという思いがありながらも、王様のような義父に言い出せない一樹。亡くなった夫が買ってきた海外土産のスカーフに、複雑な思いを抱き続けている由美子。カフェオーナーとして地域の人に受け入れられてはいるものの、どこか寂しさを抱えている三沢夫妻。外国人技能実習生とのトラブルに疲れ果てたカシオペア農場の社長夫人・友梨奈。そして、将来に悩みつつ、三沢夫妻との交流から新しい夢を見つける千沙。それぞれが人に言えない思いを抱えながらも、日々の暮らしに小さな喜びや希望を見つけていく。

 東京で働く私が緑あふれる農園を訪れれば、清々しく穏やかな気持ちになる。食べるものを作るということに対するほんのりした憧れもある。だが、当然のことながらそこで生活する人々は、心地よいだけの毎日を送っているわけではない。時代は変化していく。新しいものと古いものは、融合したりぶつかったりを繰り返す。そして、人々の暮らしも仕事のやり方も、生き方も変わっていく。それは、どんな場所に住んでいてもどんな仕事をしていても、きっと同じなのだ。

 ほどよくたくましい登場人物たちのように、私もなんとかやっていこうか。

(高頭佐和子)

  • 介護者D (朝日文庫)
  • 『介護者D (朝日文庫)』
    河﨑 秋子
    朝日新聞出版
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  • 森田繁子と腹八分
  • 『森田繁子と腹八分』
    河﨑秋子
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