第231回:佐藤究さん

作家の読書道 第231回:佐藤究さん

今年『テスカトリポカ』が山本周五郎賞と直木賞を受賞、注目を集める佐藤究さん。幼い頃はプロレスラーになりたかった福岡の少年が、なぜ本を読み始め、なぜ小説を書き始め、なぜ群像新人文学賞受賞後に江戸川乱歩賞で再デビューしたのか。そしてなぜ資本主義について考え続けているのか。直木賞発表前の6月、リモートでおうかがいしました。

その8「創作と日常」 (8/8)

  • ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤 (ハヤカワepi文庫)
  • 『ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤 (ハヤカワepi文庫)』
    コーマック マッカーシー,黒原 敏行
    早川書房
    1,320円(税込)
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  • 旅の賢人たちがつくった海外グルメ旅最強ナビ
  • 『旅の賢人たちがつくった海外グルメ旅最強ナビ』
    丸山ゴンザレス&世界トラベラー情報研究会
    辰巳出版
    1,650円(税込)
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  • 澁澤龍彦 日本芸術論集成 (河出文庫)
  • 『澁澤龍彦 日本芸術論集成 (河出文庫)』
    澁澤 龍彦
    河出書房新社
    1,540円(税込)
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――そういえば、コーマック・マッカーシーの名前が出てきてませんでしたね。佐藤さん、お好きですよね?

佐藤:ああ、もうマッカーシーが好きだといろんな媒体で言っているので......。いちばん好きなのは『ブラッド・メリディアン』ですね。『血と暴力の国』も好きですし。

――それと、お友達である丸山ゴンザレスさんの本もいろいろお読みになっているのではないかと。

佐藤:本棚にゴンさんや村田らむさんのコーナーがありますよ。今日紹介するなら、丸山ゴンザレスさんの『旅の賢人たちがつくった海外グルメ旅最強ナビ』かな。これ、2020年12月に出てるんですよ。なぜこのパンデミックの時期に海外旅行ガイドを出すのかっていうと、以前と同じように人でごった返す屋台文化を気軽に楽しめない今、かつてどういう屋台文化があったのかを残しておく必要があった、と。貴重な記録ですよね。下手したらこの先、もう元には戻らない可能性がある。ビフォアコロナの世界がどうだったのか、目立つ部分の正史は残るだろうけれど、路地裏文化の記録って残らないかもしれない。僕自身、日本がGHQの占領下だった1946年を舞台にした短編を書いた時に、闇市のうどんの値段がいくらか調べようとしたら、全然わからなかった経験があります。1949年くらいからそうしたものの値段の記録が出てくるようになる。そう考えると、あの時代、あの路地裏で食べられた料理の情報を記しておくという姿勢には、歴史的な価値があります。

――佐藤さんは今、毎日どんな感じで過ごされているのでしょう。

佐藤:先日、ある編集者に「原稿を書かない日もあります」って言ったら、にらまれたんですけど(笑)。だいたいは、朝起きて、コーヒー豆を自分で挽いて、コーヒー淹れて、飲んで。最近は、三島由紀夫さんについて調べる仕事があるので、自分の中で勝手に澁澤龍彦さんにこの仕事のプロデューサーをお願いして(笑)、毎朝澁澤さんの『日本芸術論集成』を少しずつ読んでいます。で、行ける時は午前中に映画館に行きますね。

――映画もお好きなんですね。好きな監督はいますか。

佐藤:デイヴィッド・リンチが好きですね。『デイヴィッド・リンチ――映画作家が自身を語る』という本も読みました。それとは別に「ナイト・ピープル」いうリンチのドキュメンタリーDVDを観た時は衝撃を受けましたね。リンチって変わり者で、いかにも撮影現場で癇癪を起こしたりしそうな監督のイメージがあるじゃないですか。でも現場で怒鳴ったりとか、そういうパワハラ的な行為がまったくないんです。スタッフも楽しそうで、みんな「また彼と仕事をしたい」って言う。役者たちも同じで、リンチ作品は謎だらけだから、いったい何を撮っているのか分からなくて、リンチの夢の中に入っている感覚なんだけど、実はこういうことがやりたかったって言うんですね。
 異常なものって、異常なテンションで作ると思われがちだけど、全然そうじゃないんですよ。「狂気の世界を作るのに必要なものは?」と訊かれて、リンチは「常識」と答える。「そりゃそうだな」と思いましたね。僕もバイオレンス描写は淡々とアングルや効果を考えながら、ペンキ塗りの技術に近い感じで書いていますから。いや、ペンキ塗りというよりも、音楽的な感覚かな。コシモとパブロがカヌーに乗るシーンのほうが、バイオレンス描写よりも準備や執筆に時間がかかりましたね。静けさの中に張り詰めた情感が求められるシーンは、本当に体力を消耗します。

 

――運動はしてますか。ご自身も身体を鍛えるのがお好きなのではないかと思って。

佐藤:エアロバイクは家にありますよ。あとは、軽いダンベルを両手に持って、サイドレイズという腕を左右に開く運動と、シュラッグといって肩をすくめる運動をしてますね。僕が猫背だということもあるんですけれど、この仕事をしていると肩こりがひどくなって、電気が走るようなしびれを感じる時があるんです。肩こり防止策として選んだ去年の標語は「つべこべ言わずにサイドレイズ」でした。サイドレイズとシュラッグはびっくりするくらい効果がありますよ。あくまでも個人の感想ですが(笑)。
 それと、そうそう。ジムに行けばローイングという、広背筋を鍛える器具があるんです。ボートを漕ぐような運動ですね。今はステイホームの状況だからなかなかジムに行ってローイングができない。このローイングのかわりになる動きを考えているうちに、敬遠されがちなスクワットと、つい怠りがちな股関節のストレッチをまとめてこなすエクササイズに行き着いたんです。僕は気づいてしまったんですよ、コマネチが完成されたワークアウトだってことに(笑)。これを朝50回、ゆっくりやります。錯覚なんじゃないかと思うなら、あとで一人で鏡の前で確認してください。完璧ですから。いいことに気づいたのにどこにも出せずにいたので、ここで言っておきます(笑)。

――あとで一人でこっそりやってみます(笑)。最後に今後のご予定を教えてください。さきほど、三島由紀夫について書くために澁澤龍彦を読んでいるとおっしゃっていましたね。

佐藤:「三島由紀夫の亡霊を斬ってください」っていうものすごい依頼が原因なんですが......。僕は三島さんのファンですし、世界最高の作家の一人ですので、無理ですよ、と何度もお断りしたんです。まだどうなるかわかりません。
 ほかに、小泉八雲先生についての話を依頼されていて。八雲先生のTシャツにも関わったし、小泉家ともご縁ができて、もちろん手すさびの仕事はできないので、ちょっと時間くださいって相談をしているんですけれど。八雲先生も膨大な資料があって、これが面白いんです。
 八雲先生の出生名は、ご存知のようにパトリック・ラフカディオ・ハーンなんですが、ラフカディオ・ハーンと節子夫人は、明治時代のジョン・レノンとオノ・ヨーコだったんじゃないかと思うんですよ。ヨーコの詩にインスパイアされてジョンが「イマジン」を仕上げたように、節子夫人の話したことをハーンが聞いて、『怪談』という世界文学に仕上げた。ジョンもハーンもイギリスとアイルランドにルーツをたどることができますが、日本人女性と出会って傑作を作ったという点に、共通性があります。

――小泉案件も三島案件も、どちらも読者としてはすごく楽しみですが、大変なお仕事ですね。

佐藤:いや、なるべく働きたくないですね......。原稿仕事は目が疲れる。だらだらしていたいから、スマホを拒否してガラケーのままLINEもやらずにいますけれど、そういうものを使わないといけないっていうのは資本主義のまやかしですよ。まあ、Macユーザーがzoomでそんな話をしているのもおかしいですけどね。
 ワインだって2か月じゃ出荷できないし、時間をかければそれだけヴィンテージになる。僕もゆっくりと、時の流れに耐えるものをやっていこうかなと思っています。これがサボるための最高の言い訳になる(笑)。

(了)