
作家の読書道 第234回:青山美智子さん
今年、『お探し物は図書室まで』が本屋大賞で2位を獲得した青山美智子さん。14歳で作家になりたいと思い、ずっと書き続けるなか、卒業後はオーストラリアへ行き、帰国後は編集者&ライターとして奔走し…。そのなかで吸収してきた本たちとは? 作品や作者に対する愛があふれるお話、リモートでたっぷりうかがいました。
その5「東京で一人暮らし」 (5/8)
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- 『シュガーレス・ラヴ (角川文庫)』
- 山本 文緒
- KADOKAWA
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――帰国を決めたのは。
青山:2年経って25歳になろうとする頃に、私の中の林真理子さんが発動したんです(笑)。帰国して東京に行きたいなと思いました。ビザが切れるまでオーストラリアにいると20代後半になってしまうので、切り上げて帰国しようと決めて、25歳の4月に帰国して5月に愛知でバイトしてお金を貯めて、6月には東京に住んでいました。運よく就職先もすぐに決まったんです。本当に行き当たりばったりですが、人と運に恵まれてここまできました。
――どういう仕事に就いたのですか。
青山:雑誌の編集です。主婦と生活社が個人輸入や海外旅行について紹介する「ユーニュー」という雑誌を出していて、会社ではなくその編集部との契約でした。それをやりながら他誌のライターをやったりして。その後は職場を転々として、扶桑社で「caz」というOL雑誌に関わったり、kkベストセラーズで「vita」というファッション誌をやり、「一個人」は立ち上げから関わりました。創立メンバーなんです。
――その頃はどんな本を読んでいましたか。
青山:東京に出て一人暮らしを始めた頃に出会ってしまったのが山本文緒さん。もう、ハマって、山本さんの本ばかり読んでいました。山本さんの小説の不思議なところは、1回読むと、何回も読みたくなるところ。山本さんが「女による女のためのR-18文学賞」の選考委員をされていたので応募もしました。
最初に読んだ作品が何だったか思い出せないんですが、短篇集が好きでしたね。『絶対泣かない』はお仕事がテーマで、『シュガーレス・ラヴ』はストレスからくる身体の不調、『ブラック・ティー』も女性の軽犯罪の話が入っている。一篇一篇は違う話だけど共通するテーマがあって、学ぶところがが多かったですね。『ブルーもしくはブルー』は長篇ですが、こんなに読ませる話はないんじゃないかと思うくらい夢中になりました。自分のドッペルゲンガーに出会う話で、ちょっとホラーなんですよね。
山本さんと一緒にR-18の選考委員をされていたのが角田光代さんだったので、角田さんの本にも手が伸びました。角田さんの書く女性の犯罪ものがすごく好きです。特別な人ではなくて普通の人が普通に抱く感情が犯罪に繋がっていくのが興味深かった。いちばん好きなのは『三面記事小説』です。三面記事で取り上げられた記事を元に書いた短篇集で、読んでいると本当に悪いのは誰なんだろうとすごく考えさせられる。みんなから見えている部分の裏に実はいろんなことがあるんですよね。これもとても影響を受けた一冊です。
――30代はどのような読書を。
青山:夢中になったのは松浦理英子さんの『親指Pの修業時代』。上下巻の分厚い話なのに息つく間もないうちに最後まで読ませてすっごく面白かったです。主人公の女性の足の親指が突然ペニスになるという奇想天外な話ですけれど、主人公が動揺するでもなくたんたんとして、さっぱりしている。それが読ませたんですよね。
その頃に好きだった絵本に、アーノルド・ローベルの「がまくんとかえるくん」のシリーズがあります。いちばん好きなのは『ふたりはいっしょ』。本当になんでもない日常が描かれるんです。がまくんが夢を見る話が好きですね。簡単に説明すると、がまくんが夢の中で舞台に立って、華やかに踊ったり、いろんなことをするんです。で、「ぼくはこんなこともできるんだ」と、だんだん得意になっていく。客席では親友のかえるくんがいるんですが、がまくんがすごいことをやるに従って、かえるくんがどんどん小さくなっていくんです。それを見てがまくんは、自分の傲慢さに気づいて後悔するんですよね。目が覚めたらかえるくんがいてくれて、「いつだっているよ」と言ってくれて、一緒に朝ごはんを食べる。この話だけは読むたびに泣いてしまいます。
私、「天狗2秒」って思っているんです。天狗になったら2秒で終わるという意味です。どれだけ褒められても天狗になったら3秒は持たない。がまくんの夢の話は、傲慢さは人を滅ぼすと教えてくれました。
アーノルド・ローベルの『ふくろうくん』もいいんです。一生懸命辛いことを思い出して涙を流して、それを溜めてお茶を淹れて味わうというオチ。デトックス的な意味合いも感じるし、深い話だなと思います。
――漫画は読みましたか。
青山:一人暮らしして雑誌編集をしていた頃、すごく嫌なことがあってむしゃくしゃして、帰り道になにか買い物がしたくなって古本屋で『ブラック・ジャック』を全巻大人買いしたことがあったんです。そこから手塚治虫にハマって集めていきました。『ブラック・ジャック』も『きりひと讃歌』も『リボンの騎士』も好きですが、いちばん好きなのが『三つ目がとおる』です。主人公の写楽くんが、第三の目に絆創膏が貼られていると子どもらしいけれど、はがすと怖い人になるというギャップがよくて。人間の歴史や愚かさも描かれているし、最高傑作だと思っています。
結婚する前の20代、安野モヨコさんの『ハッピー・マニア』にもハマりました。恋愛に悩むことが多かったので、他人事ではないというか、もうバイブルでした。あれは親友のフクちゃんもよかったですよね。
結婚して静岡に引っ越した頃から恋愛至上主義から離れ、中学男子みたいな読書傾向になってきて。その頃に夢中になったのは楳図かずおさんの『漂流教室』。小学生の子たちが急に自分たちだけ切り取られてサバイバルしていく話ですけれど、今の地球人が真剣に考えなければいけないことがたくさん入っている。学校で生徒たちに配ってもいいくらい、素晴らしい本だと思います。
その流れで読んだのが浦沢直樹さんの『20世紀少年』ですね。11巻が出たくらいの頃から読み始めて、いつまで続くんだろうと思いながら読み進めました(笑)。
静岡には4年いて、その後横浜に引っ越しました。そこからはおだやかなものが読みたくなったのか、益田ミリさんの『オレの宇宙はまだまだ遠い』などを読むようになって。高野文子さんの『るきさん』はさりげない幸せな瞬間が描かれた名作だし、ほしよりこさんの『逢沢りく』は未熟な少女の尖った部分が上手に描かれていて好きですね。大阪の親戚の家に預けられることになって、そこにいる時ちゃんという5歳の男の子がすごくピュアな言動で彼女を成長させていく。涙なしには読めないです。