第255回: こざわたまこさん

作家の読書道 第255回: こざわたまこさん

2012年に「ハロー、厄災」(単行本収録時に「僕の災い」に改題)で第11回女による女のためのR-18文学賞の読者賞を受賞、2015年に同作を収録した『負け逃げ』で単行本デビューを果たしたこざわさん。最近では新作『教室のゴルディロックスゾーン』が話題に。大家族で育ち、姉や兄の影響も受けたこざわさんの読書遍歴は。社会人2年目で小説家を志したきっかけや、観劇が趣味というだけに演劇関連のお話など、たっぷりうかがいました。

その5「執筆のきっかけは震災」 (5/8)

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――卒業後は東京で就職されたのですか。

こざわ:はい。当初の目的を果たしました。事務職に就いて、最初の予定通り仕事をしながら観劇をしたり小説や漫画を読んで趣味を楽しむつもりでした。
でも、就職して2年目に震災があったんです。そこから小説家というものを職業として意識しだしたところがあります。
私自身は、地震が起きた時は東京の職場にいて、家に帰れなくなって会社に泊まっていたんですが、突然上司から「ニュースで福島県って言っているけれど、ご実家近くないよね?」と訊かれて。「いえ、ここです」って。
私の知人や家族は幸運なことに無事だったんですけれど、やっぱり、原発事故は大きかったです。私の実家はギリギリ警戒区域の20キロ圏の外で、避難はしなくてもよいけれどそこは自分の判断で、というような距離の場所だったんですね。実家の家族も右往左往して、一時期東京に避難してきて、落ち着いた頃に戻って、そのまま暮らしています。
ただ、ちょっと足をのばすと今まで自分が遊びに行っていた海の近くの集落が、当時は完全に更地になっていたんです。ものすごいことが起きたんだなというのは、実際に帰郷して目にした時に実感しました。
それがなぜ小説を書くきっかけとなったのかは、自分の中では一応理屈が通っているんですが、他の方に理解していただけるかわからなくて...。

――ぜひ。

こざわ:10代の頃、自分が小説家になるイメージがなかったというのは、福島県の浜通り出身の小説家があまりいなかったのが大きいと思うんです。福島県内だと、郡山出身の古川日出男さんがいらしたりするんですけれど。
自分の周りには小説でも漫画でも演劇でも、作り手はもちろん、編集者のような関連した仕事に就いている人もいなくて、そういう職業に就きたいと思った時にどうすればいいかわからなかったんです。この、何百年もそういう人たちを輩出してこなかった土地で、ロールモデルがいないなか、自分が最初の小説家になるというイメージがわかなかった。何もない土地に生まれた自分がクリエイトする職業に就くことは難しいんじゃないかと思っていました。
でも震災があって、事故があって、自分の故郷がああいうことになった時に、たぶん、私みたいな人間が、「こういう土地だからしょうがないよね」と思って諦めて、自分で自分の生まれた土地をちょっと下に見てきたことの積み重ねの結果、こういうことが起こっているような気がしたんです。
だからなんというか、こういうことが起こっていることの一端に自分もいるんじゃないかって気持ちになって。ここから先、自分の生まれた土地とかを理由に、「こういう土地に生まれたから、こういうことはできないんだ」と思うのはもうやめにしようと思ったんです。今まで「自分は小説家にはなれない」と思っていたけれど、「なれる」と思ってやってみよう、と考えを変えたというのが大きいです。

――そこで新人賞に応募しようと思って書き始めたのですね。応募先にR-18を選んだのはどうしてですか。

こざわ:まず、短篇の賞だということが大きかったです。私がそれまでに完成させた小説といえば大学の時に書いた10枚くらいの掌編しかなかったので。ここから投稿生活が続くだろうから手の届く範囲からやっていこうと思い、短編から始めました。R-18ご出身の窪美澄さんの作品を読んでいたことも大きかったです。
あともうひとつ、震災の年の夏に、R-18の作家さんたちがチャリティー企画で『文芸あねもね』という電子書籍のアンソロジーを出されたんですよね。後に文庫にもなりましたが。
それを見たのも大きかったです。おこがましいんですけれど、私ももうちょっとはやく小説家を目指してなっていたら、今私が個人で寄付しているお金よりももっと多くの額を自分の故郷の県に寄付できたのかもしれないなと思いました。

――そして2012年に「僕の災い」(応募時のタイトルは「ハロー、厄災」、『負け逃げ』に収録)でR-18の第11回の読者賞を受賞されていますよね。R-18って最初は女性の「性」について描かれた小説が対象でしたが、第11回は...。

こざわ:第11回からそのくくりが外れたんです。審査委員の先生方も三浦しをん先生と辻村深月先生に代わりました。

――でも「僕の災い」は田舎に暮らす高校生の少年が主人公の話で、性が絡む話ですよね。

こざわ:そうなんですよ(笑)。コンセプトが変わったことも審査員の先生方が新しくなったことも知っていたのに、パッション最優先で書いて送ってしまい、後になってから今までのR-18のコンセプトに近いものを送ってしまったなあと思って。それでも拾っていただけてありがたかったです。

――窪美澄さんの『ふがいない僕は空を見た』も受賞作をもとにした連作ですし、「僕の災い」も連作短篇集になる予感はしていました?

こざわ:いえ、予想はできたはずなんですけれど、受賞してはじめて新潮社に伺った時に「これの次の話とか考えてらっしゃいます?」みたいに訊かれてアワアワしてしまって。連作として書けるような内容はその時は全然考えていなかったです。

――『負け逃げ』では地方の町の閉塞感が描かれますよね。学校の教師の不倫の噂の顛末とか...。

こざわ:外から見るとただの不倫騒動ですが、内側から見た時に本当にいろんなことがある、ということを書きたかったんでしょうね。田舎にいた時、なんで人の不幸もエンタメのように噂話にしていくんだろうと思っていたので、その気持ちが結構出たかもしれません。
本にする時に全体のタイトルを『負け逃げ』にしたのは、勝ち逃げできない人たち、田舎に生まれたことをなんとなく敗北感とともに捉えている人たち、生まれた時点でちょっと負けてる人たちみたいなイメージがあったからです。そこから逃げる、という。自分の中ではあまりネガティブなだけではない意味をこめたつもりです。勝ち逃げのずるさみたいなものに抵抗したい気持ちもありました。

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