
作家の読書道 第255回: こざわたまこさん
2012年に「ハロー、厄災」(単行本収録時に「僕の災い」に改題)で第11回女による女のためのR-18文学賞の読者賞を受賞、2015年に同作を収録した『負け逃げ』で単行本デビューを果たしたこざわさん。最近では新作『教室のゴルディロックスゾーン』が話題に。大家族で育ち、姉や兄の影響も受けたこざわさんの読書遍歴は。社会人2年目で小説家を志したきっかけや、観劇が趣味というだけに演劇関連のお話など、たっぷりうかがいました。
その7「デビュー後の読書生活」 (7/8)
――その後の読書生活はいかがですか。
こざわ:いちばん最近だと、ジャニス・ハレットの『ポピーのためにできること』が面白かったです。事件のあらましを、ほとんどメールのやり取りだけで追っていくミステリー小説です。最初から最後まで、夢中になって読みました。久しぶりに時間を忘れてページをめくった本です。
それと、数年前『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだのがきっかけで、ちょっとずつ韓国文学を読むようになりました。
小説ではないんですが『目の眩んだ者たちの国家』という、セウォル号の事件を受けて文学に関わっている作家や学者の人たちが出した本があって。それは確か彩瀬まるさんがコロナ禍の時にツイッターで本のおすすめをしてくださる中で紹介された一冊です。作家の人たちがセウォル号の事件とは何だったのか、なぜこういうことが起きたのか、まず国のあり方に何か問題があるんじゃないのかとか、そういったことを語っている本なんですけど、読み終えたあとに、社会に対して文学は語る言葉を持ってるんだなと思って、すごく希望を感じました。
その中でキム・ヘンスクさんという詩人の方が書かれている文章の冒頭が、〈命はじっとはさせておかないものです。〉という一文なんです。船の中で学生たちが「じっとしていなさい」と指示されて、そのまま事故に巻き込まれてしまったことを受けての文章です。たった一行ですが、その一文が本の中でもいちばん印象に残りました。
他に韓国文学はチョン・セランの『フィフティ・ピープル』や『保健室のアン・ウニョン先生』などを読みました。特に、『保健室のアン・ウニョン先生』がすごくよくて。その中で勝ち負けの話になった時に、〈絶対に勝てないことも親切さの一部だから、いいんです〉という台詞が出てくるんです。それもすごく心に残っています。
翻訳ものって今までそんなに多く読んできていなくて、どういうふうに探せばいいのかわからないまま今に至るんです。でも、はっと胸を突くような文章を見つけることが多いので、自分好みの作風の作家さんをもっと見つけていきたいなと思っています。
――心に残った文章は憶えているのですか。読書記録などをとってらっしゃるのかなと思って。
こざわ:読んでいて何かひっかかりを感じた文章は、そこだけ憶えていたりします。読書の記録ついては、今年から日記をつけ始めました。ここ5年くらいで読んだ本の記録をつけだして、今年からそこに簡単な感想文みたいなものをつけるようになりました。あらすじを2、3行でまとめて、その下にちょっと気に留めた文章や、自分の感想を書くんです。
私は抽象的なことを捉える力というか、ぼんやりと点在したものを一言にまとめることにすごく苦手意識があるので、読んだ本のあらすじをきゅっとまとめることが治療にならないかなと思って始めたんですけど。
――国内小説で印象に残ったものはありますか。
こざわ:最近では高瀬隼子さんの『おいしいごはんが食べられますように』。これは本当に、自分が会社に勤めていた頃に読みたかったです。そうしたらちょっと支えになったかもなって思うくらいよかったです。
それと、藤代泉さんがすごく好きなんです。『ボーダー&レス』で文藝賞を獲られて、そのあとあまり書かれていなかったんですが、ここ最近文芸誌に作品を発表されているので、それが本にまとまらないかなと思っています。
あとは演劇関係で、つかこうへいさんが好きな年上の知人が、「つかこうへいの演劇もたくさん見てきたけど、実は彼の書く小説が一番好きなんだよね」と教えてくれて、去年つかさんの小説を一気にたくさん読んだんです。それもすごく面白かったです。基本的には「蒲田行進曲」と同じような、2人の男とその間で揺れる1人の女というモチーフが多くて、なぜつかさんがその設定にここまで執着したんだろうと気になりました。でもつかさんは、亡くなる前の頃に、蒲田行進曲の小夏が主人公の作品を作られているんですよね。小夏が銀ちゃんとヤスの間で何を考えて、その後どういうふうに生きていったかを書いていて、最後に彼女は「私は女優よ」って言う。もしもつかさんがご存命だったら、また何か違うものを書かれていたんじゃないかと思いました。
あとはやっぱりR-18の作家さんはすごく好きで、ずっと追いかけています。最近は山内マリコさん。『一心同体だった』がすごく良かったです。山内さんは私がデビューするちょっと前に『ここは退屈迎えに来て』でデビューされています。それを読んだ時、地方を塗り替えられた、と思ったんです。山内さんが地方を塗り替えた後に、自分はめっちゃ湿っぽい田舎を書いているなと思いました。でも山内さんが見てきた地方も私は知っているんです。あの国道沿いの何にもない感じとか、町全体に漂う乾いた空気感とか...。
他には南綾子さんの『死にたいって誰かに話したかった』という文庫で出た本がすごく良かったです。私よりも下の世代では『くたばれ地下アイドル』の小林早代子さんや、『県民には買うものがある』を書かれた笹井都和古さん。私はこの2人の書かれるものがすごく好きです。お二人の文章からは、私が20代の最初の頃に追いかけていた豊島さんや吉川トリコさんに近い感じを受けるんですよね。まず、2人ともめちゃくちゃタイトルがいいですよね。