第255回: こざわたまこさん

作家の読書道 第255回: こざわたまこさん

2012年に「ハロー、厄災」(単行本収録時に「僕の災い」に改題)で第11回女による女のためのR-18文学賞の読者賞を受賞、2015年に同作を収録した『負け逃げ』で単行本デビューを果たしたこざわさん。最近では新作『教室のゴルディロックスゾーン』が話題に。大家族で育ち、姉や兄の影響も受けたこざわさんの読書遍歴は。社会人2年目で小説家を志したきっかけや、観劇が趣味というだけに演劇関連のお話など、たっぷりうかがいました。

その6「会社員時代の読書」 (6/8)

――受賞してから単行本にまとまるまでにちょっと時間がかかってますよね。一篇一篇書くのに時間がかかったのか、会社勤務のお仕事が忙しかったのか...。

こざわ:デビューした直後くらいに、仕事のほうで結構はやめの昇進をして、管理職の仕事に就いたんですよね。それが自分にとっては、すごく大変で...。小説以外のことで頭がいっぱいになってしまって、なかなか小説を書けない感じになってしまいました。それが2017年くらいまで続いて、その後に結局、会社を辞めたんですけれど。

――その間、読書生活も滞っていた感じですかね。

こざわ:そうですね。職場の状況が苛烈を極めだしてからは、観劇も読書もどうしても辛くなってしまった時期が2~3年続きました。
ただ、働き出してから、読書傾向がちょっと変わったんです。デビューする前か後かはっきり憶えていないんですが、山本文緒さんを読むようになりました。それと、太宰治。
文緒さんは高校生の時に『プラナリア』を読んであまり理解できなくて、それきりになっていたんです。その時は、なんか怖い小説だなとしか思いませんでした。でも再読した時、文緒さんの書かれる小説って、人生って本当は穴ぼこだらけで、なのに真っ暗だから私たちはそのことには気づかずに歩いていて、何かの拍子にひゅっとそこに落ちてしまう瞬間を書かれているんだなと思いました。労働でも恋愛でも病気でも死でも、何かこう、かくっと落ちる瞬間があるということを書いていらっしゃる。たぶん10代で読んだ時は、それを「怖い」とだけ捉えていた気がするんですが、働き出してから読むと、そういうことを書いてくれる書き手というのは、ものすごく信頼がおけるなと思いました。そこから『恋愛中毒』とか『落花流水』とか、他の作品も夢中になって読みました。
それまではどちらかというと、男性作家を読むことが多かったんです。女性作家の書く女性の主人公はちょっと生々しく感じてしまっていて。でも、文緒さんの作品を読んでからは苦手意識が消えて、女性作家をばーっと読むようになりました。角田光代さんも、その一人です。それから綿矢りささんも、『夢を与える』以降精力的に発表されているので追いかけました。あと川上未映子さんもすごく好きですね。そのなかで三浦しをんさんや辻村深月さんも読むようになっていたので、そのお二人が新たに審査委員をされるということも、R-18への応募に繋がっていったような気がします。

――昔読んでピンとこなかった太宰の『人間失格』をまた読んだのですか。

こざわ:はい。作家になりたいと思い始めた時に、たくさん本を読んでいないと駄目だと思い、今まで読んで駄目だった作家ももう1回読んでみようと思ったんですよね。それで「ここはひとつ、トラウマになっている太宰を」と思って短篇集から入り、『きりぎりす』に収録された「黄金風景」を読んだんです。短篇というよりは掌編ですよね。これが本当に面白くって。
性格の悪い主人公が、幼い頃に足蹴にした家のお手伝いさんの女の人に再会する話です。最初にその夫と会うんですが、さぞかし彼女は自分のことを悪く言っているんだろうと思ったら、むしろ彼女が「素晴らしい人だった」と言っていると聞くんですよね。その後、その女性と夫と幼い娘の親子三人が海辺にいるのを見かけて、主人公はその光景の美しさに打ちのめされるんです。そして、「自分は負けた」と思う。敗北感ってある意味ネガティブだと思うんですけれど、すごく清々しい形で書かれている。こんな短いページの中に、人生のすべてが詰まっていると思って。それを読んでからは、太宰が他の作品でどれだけグチグチ言っていても、「いや、私はお前がそんなに悪い奴じゃないって知ってるぜ」という気持ちで読めるようになりました(笑)。『人間失格』も再読してみたら、自意識に絡めとられながら苦しんでいる男の人の話だと分かりました。昔読んだ時はなんであんなによく分からなかったんだろうっていうぐらい、いろいろ読めるようになりました。

――お仕事が大変な時期を経て、その後2018年に2冊刊行されましたよね。『仕事は2番』と『君に言えなかったこと』(文庫化の際『君には、言えない』に改題)。『仕事は2番』は職場の人間模様が描かれる連作集で、中間管理職となって苦労する女性の話もあるので、さきほどのこざわさんご自身のお話とちょっと重なりました。

こざわ:組織で働いていた頃の自分の心情は、どの章にも少なからず反映されていると思います。当時は、自分で問題意識を持っていることとか、悩んでいることとかを作品にしなくてはと思っていた時期で、職場がちょっと大変だったこともあって、じゃあお仕事ものにしよう、ということで書いたんですよね。

――『君には、言えない』は、「言えなかったこと」が共通するテーマとなっていますね。

こざわ:そうですね。一話目の、友人の結婚式で祝辞を述べる女の子の話をまず書いて、これを中心に、同じテーマのお話を本にしましょうという依頼をいただいたんです。『仕事は2番』で目下問題意識を持っていることを書いた分、こちらはわりとフェティシズムみたいなものをこめて書いたかもしれないです。自分は1対1の関係をすごく大事にしているなと思うので、これは基本的に主人公がいて、その人が執着したり思いを寄せているもう一人が出てくる関係性の話になっています。

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