
作家の読書道 第258回: 斜線堂有紀さん
大学在学中の2016年に『キネマ探偵カレイドミステリー』で電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞してデビュー、本格ミステリ大賞の候補になった『楽園とは探偵の不在なり』をはじめとするミステリーのほか、SF、恋愛小説、怪奇幻想譚など幅広い作風で魅了する斜線堂有紀さん。大の本好きでもある斜線堂さんがこれまでにはまった作家、影響を受けた作品とは? その膨大な読書遍歴の一部をお届けします。
その5「ノンフィクションブーム到来」 (5/9)
――小説以外の、ノンフィクションなども読みましたか。
斜線堂:高校生の頃、自分が好きな海外文学はあらかた読みつくしたなと思った時に、ノンフィクションに走るようになりました。父親の書斎に勝手に入って本棚を漁るようになったんです。
父親は映画好きなのに小説は一切読まない人なんですよ。ノンフィクションだけに価値を見出しているような人で、書棚にはノンフィクションしか入っていない。それを読むようになりました。あの有名なジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』から入って、たぶん父の趣味なんですけれどタイラー・ハミルトンの『シークレット・レース ツール・ド・フランスの知られざる内幕』という、世界一過酷な自転車競技に挑む選手が、周りに絡め取られてドーピングにはまっていく様子を追った本を読んで、ノンフィクションってこんなに面白いのかと思って。そこからはもう、ひたすらノンフィクションを読みました。私の読書傾向として、はまったものはローラーで読む傾向がありますね。
――ノンフィクションといっても、テーマは幅広そうですね。
斜線堂:そうですね。結構自分の中では人類誌ブームみたいなものがありました。フェリペ・フェルナンデス=アルメストの『食べる人類誌 火の発見からファーストフードの蔓延まで』という、どうやって人間が進化してきたかがわかるものとか、ダニエル・T・マックスの『眠れない一族 食人の痕跡と殺人タンパクの謎』という本とか。これはある一族にだけ奇病が発生する謎を追っているんです。その奇病は死の数か月前から眠れなくなるという特徴があって、調べていくと食人習慣があった人たちだけがかかる病気があることが分かる、という。
事件系のノンフィクションも好きでした。それこそ『FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』みたいな実在の殺人鬼についてのノンフィクションとかも読みました。それと、思い出に残っているのはジョセフ・L・サックスの『「レンブラント」でダーツ遊びとは 文化的遺産と公の権利』という、レンブラントを高いお金で買ったお金持ちはその絵でダーツ遊びをしてもいいのか、いけないとしたらなぜか、みたいなことを延々と考察している本です。傷つけず保存していくことはこういう歴史的意味があるというのを教えてくれる本でした。そうした新しい視点を与えてくれるノンフィクションに惹かれていました。
――ところで、読んだ本の記録や日記はつけていますか。
斜線堂:手書きでノートにつけています。もう15年くらい「ほぼ日手帳」を使っていて、その日読んだ本のタイトルと短い感想を一緒に書いて管理しています。「ほぼ日手帳」の1冊目には、桜庭一樹先生の『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』の表紙をコピーしたものを貼っていました。その時自分が影響されたものが分かりやすいですね(笑)。あの小説は本当に刺さりすぎてコピーしてあちこちに貼るくらいでした。
――高校時代は部活やなにか他の活動はやっていましたか。
斜線堂:高校時代は演劇部に所属してました。演者のほうでしたが、脚本を読むのが好きでした。卒業公演で上演したのが前川麻子さんの「センチメンタル・アマレット・ポジティブ」という脚本で、それがすごく好きで。三人の女の子がいろいろ悩みを抱えて、最後にものすごく明るく心中するという話なんですが、舞台ってハッピーエンドではなくてもいいんだ、というところに影響を受けました。
あとはバンドもやっていました。私はキーボードとボーカルで、「GO!GO!7188」という、当時流行していたグループのコピーバンドをやっていました。
――じゃあ、小説はあまり書かずに?
斜線堂:はい。でも、高校2年生のくらいの時に、あまりに受験勉強が嫌で小説を書くんです。私は一切勉強をする習慣がなくて、本当に受験勉強から逃げたいと思った末に、学生デビューしたら勉強しなくていいと思って小説をひとつ書きました。それを文藝賞に送ったらすごくいいところまでいったので、自信をつけちゃうんですね。その時に、自分は小説家になろうという思ったんですよ。17歳で小説を書いてこんなとんとん拍子でいくなら簡単にデビューできるだろう、って。
――純文学系の文藝賞というのが意外です。どんな小説だったのですか。
斜線堂:その時は海外文学や純文学ばかり読んでいたので、文藝賞に応募するぞ、という気持ちでした。
応募したのは、自殺志願者の女がいて、それを少年が拾って風呂場で飼うという話でした。文体が佐藤友哉先生で世界観が桜庭一樹先生、みたいな感じのものでした。今思うと、よくそんなものを通してくれたな、くらいの拙い出来だったんですけれど、自分の好きなものがはっきりしている小説だなっていう。