第258回: 斜線堂有紀さん

作家の読書道 第258回: 斜線堂有紀さん

大学在学中の2016年に『キネマ探偵カレイドミステリー』で電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞してデビュー、本格ミステリ大賞の候補になった『楽園とは探偵の不在なり』をはじめとするミステリーのほか、SF、恋愛小説、怪奇幻想譚など幅広い作風で魅了する斜線堂有紀さん。大の本好きでもある斜線堂さんがこれまでにはまった作家、影響を受けた作品とは? その膨大な読書遍歴の一部をお届けします。

その9「最近の自作について」 (9/9)

  • 楽園とは探偵の不在なり (ハヤカワ文庫JA)
  • 『楽園とは探偵の不在なり (ハヤカワ文庫JA)』
    斜線堂 有紀
    早川書房
    880円(税込)
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  • ゴールデンタイムの消費期限 (角川文庫)
  • 『ゴールデンタイムの消費期限 (角川文庫)』
    斜線堂 有紀
    KADOKAWA
    902円(税込)
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  • 君の地球が平らになりますように
  • 『君の地球が平らになりますように』
    斜線堂 有紀
    集英社
    1,650円(税込)
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――最近でもミステリー、SF、幻想怪奇、恋愛小説といろいろ書かれていますよね。

斜線堂:どの分野でもこういうものが書きたいというアイデアがあって、書ける機会があればそれぞれ別の頭を使って楽しんで書いています。「SFならこれを書いてみたかったんだよな」とか「ミステリーならこういうネタがあったんだよな」というのを、その時に応じて出している感じです。それこそ私、ミステリープロパーというわけでもなければSFだけずっと読んできましたというタイプでもない濫読家だったので、それが今の作風に影響しているんじゃないかなと思います。

――たとえば2020年に単行本が刊行された『楽園とは探偵の不在なり』は特殊設定ミステリーで、「2人以上殺した者は"天使"によって地獄に引きずり込まれる」という世界で連続殺人が起きる話ですよね。

斜線堂:あれは早川書房さんから「きちっとミステリーとして評価されるものを書こう」と提案されて。まだクリスティーとかを必死で読んでいる頃で、自分はミステリープロパーではないという意識が強かったんですよね。それで、ミステリープロパーじゃない人間がミステリーで戦えるとしたら、それこそ自分の読んできたものから世界観を構築するしかないと思い、自分は終末世界みたいなものが好きだったなと考えて選んだのがあの設定でした。なので、自分に足りないところを自分の得意分野で埋めようという意識が強かったんです。

――かと思うと2021年刊行の『ゴールデンタイムの消費期限』は青春小説で、AIというもの、人間の才能というものと真摯に向き合う内容でしたよね。刊行当時、「AIについては一度書いておきたかった」とおしゃっていました。

斜線堂:そうですね。その後ChatGPTなどが出てきてさらに話題になってしまいましたが、当時、AIは過渡期だから今のうちに書いておきたいと思ったのと、デビューして3年目に差し掛かろうというところだったので、そろそろ何か自分の才能について向き合っておくか、みたいな意識がありました。

――私は斜線堂さんの恋愛小説も好きなんです。『愛じゃないならこれは何』や『君の地球が平らになりますように』といった短篇集は、コミカルな短篇であっても、恋愛感情の裏側にある複雑な自我、自意識について掘り下げられていて深いなと感じます。

斜線堂:あれは「恋愛小説を書きませんか」という依頼で、自分が書くならこんな感じかな、と考えて書いたものですね。「エモーショナルだ」と言ってくださる方もいるんですけれど、実は自分や自分の友達のことを書いていて、モデルがいたりもするんです。たとえば『君の地球が平らになりますように』の表題作は、友達の好きだった人が陰謀論にはまったことがあって、それをそのまま書いたんです。自分の周りや自分がこんなに辛い目に遭ったんだから、こういう形で昇華させておこうというか、成仏作業みたいな感じです。私の中では文化史の一部みたいな気持ちもあります。この時代にはこういう恋愛の辛さがありましたよね、ということの記録作業のような気持ちもありました。

――では今年刊行のSF、『回樹』はいかがですか。人の遺体が腐らない世界の話で、遺体を取り込む謎の存在が出現する。あの存在のイメージが最初にあったのでしょうか。

斜線堂:あれはどちらかというと、百合SFという企画が先だったので「その愛が真実のものか真実のものでないかを判定できるものがある」というところからスタートしています。

――ああ、なるほど。そして新作の『本の背骨が最後の残る』は、主に『異形コレクション』に収録された短篇が収められていますね。さきほど高校生時代に『異形コレクション』にはまっていたとおっしゃっていましたね。

斜線堂:そうなんです。それですごく緊張してしまって。表題作が最初に寄稿した短篇だったんですけれど、それを書く時に、過去の『異形コレクション』を読めるだけ読み返して、自分がどんな作品のどんな雰囲気を良いと思っんだったかを確認して、それを再現しようという意識で書きました。あれこそ傾向と対策で書かれた一篇でした。

――それが本当に面白かった。紙の本が焼かれ、その代わりに物語を語る「本」という役割を担う人間たちが現れた国の話ですよね。「本」と「本」の内容が違うと「版重ね」というディベートが行われ、負けたほうはその場で焼かれるという...。

斜線堂:あれを書いた時にいちばん意識したのは、『異形コレクション』に夢中だったあの頃の自分が、これは載せてもいいかなと思ってくれるかどうかでした。あの頃の自分が好きだったもののように、耽美でグロテスクだけれど、世界観がはっきりしていてゾクゾクするような話を書こうという意識がありました。

――他の短篇もすべて意表を突く発想と展開で、怖くて甘美でかつ絢爛で、という感じでしたが、斜線堂さんが描く世界は残酷だけれど悪趣味だったり下品な方向には走っていませんよね。

斜線堂:源泉にあるのは『多重人格探偵サイコ』の宣伝ページじゃないかと思うんですよね。なにか見ちゃいけないものを見ちゃった、怖いけど気になるっていう。『多重人格サイコ』はすごくグロテスクなんですけれど、美しさを感じる部分もあるんです。そういう危うい境界への憧れを再現したいと思うのかもしれません。なんか、怖いと思う感情と、美しいと思う感情って実は似ているんじゃないかっていう気持ちがすごくあるんです。惹かれる時に反応する脳の部分が似ているというか。そうしたところにやっぱり自分の源泉があって、読者の方にも、見てはいけないものを見てしまったという共犯意識を持ってもらいたい気持ちがある気がします。

――『異形コレクション』には今後も参加されるご予定ですか。

斜線堂:はい。今月刊行の『乗物綺談 異形コレクションLVI』にも「帰投」という新作短篇が載っています。

(了)

  • 本の背骨が最後に残る (文芸書・小説)
  • 『本の背骨が最後に残る (文芸書・小説)』
    斜線堂有紀
    光文社
    1,870円(税込)
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  • 乗物綺談 異形コレクションLVI (光文社文庫 い 31-46)
  • 『乗物綺談 異形コレクションLVI (光文社文庫 い 31-46)』
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    光文社
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