第258回: 斜線堂有紀さん

作家の読書道 第258回: 斜線堂有紀さん

大学在学中の2016年に『キネマ探偵カレイドミステリー』で電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞してデビュー、本格ミステリ大賞の候補になった『楽園とは探偵の不在なり』をはじめとするミステリーのほか、SF、恋愛小説、怪奇幻想譚など幅広い作風で魅了する斜線堂有紀さん。大の本好きでもある斜線堂さんがこれまでにはまった作家、影響を受けた作品とは? その膨大な読書遍歴の一部をお届けします。

その7「在学中にデビューを決める」 (7/9)

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――その時期に、新人賞への投稿も始めていたのですか。

斜線堂:はい。私、勉強がすごく嫌いだから、親に大学に行くことを反対されていたんですよ。2年生の時点で留年内定みたいなところもありましたし。それでけじめとして、大学に行くなら学費は自分で出すということにしたんです。いろいろなバイトをして稼いでいたんですけれど、留年が見えてきた時に、これは本格的に退学して就職しなきゃいけなくなるから、その前にデビューしないとやばいと思って。就職活動の代わりに小説を書いていたんですよね。そうしないと自分には未来がない、って。留年してるしGPAも異様に低いし、面接で「学生時代なにやってたの」と突っ込まれたら何も言えないから、自分はまともに就職もできないからもう小説を頑張るしかないと思って、必死の投稿作業を始めたんです。

――どういう賞に応募していたのですか。

斜線堂:月に1回、とにかく応募できるものに全部応募しようということで出していました。デビューできればなんでもいい、みたいな気持ちになってしまっていて、エンタメの賞にも純文学の賞にも応募していました。大学4年生の時にキワキワまで残ったのが電撃小説大賞と、またもや文藝賞で、そのどちらかでデビューできればいいと思って電話を待っていたら、電撃小説大賞のほうでデビューが決まりました。
 最初は、どちらにも同じような作品で応募していたんですよね。電撃小説大賞は一次を通ると講評がもらえるので大学1年生の時から応募して、毎年講評をもらっていたんです。そうしたら大学3年生の時の講評に「君の小説は面白いけれどレーベルカラーというものがあるから、それを意識した小説を送ってきてくれないか」と書かれたんです。それで4年生の時に傾向と対策を練って書いて応募した『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビューが決まりました。

――では、どういうジャンルを書く作家になりたいかははっきり定めないでデビューされたわけですね。

斜線堂:そうですね。何か面白いものを書けば評価されるだろうみたいな、純粋な信仰があったんだと思います。

――ちなみにちょっと気になるのですが、マウントをとっていた文芸サークルの先輩はその後、どうされたのでしょうか。

斜線堂:私がすごく応募しまくっているのを見て、「お前はこのままだと読み捨てられる売文家になる」みたいなことを言ってくるので、「売文家でもその時その時で読者が楽しんでくれたらいいじゃないですか」と返したら「100年後に残らないものを書くなんて意味があるのか」と煽られてました。で、デビューが決まって、「よし、先輩にマウントをとりにくぞ」と思って伝えにいったんです。「就活お疲れ様です! ところで私は作家になりましたが、先輩はいかがですかぁ!?」みたいなことを言ったら、先輩が「俺も就職が決まった」って。大手出版社に就職を決めていたんですよ(笑)。今も、文芸の部署ではないんですが編集者としてバリバリやってます。

――うわー(笑)。斜線堂さんは、卒業後そのまま専業作家になったわけですよね。

斜線堂:はい。その後の読書的なトピックでいうと、デビューしたての時に、「この先ミステリーを書かなきゃいけないのかな、でも考えてみたらミステリーを全然読んでないな」と思ったんですよね。メフィスト賞や講談社ノベルス系、それこそ倉知淳先生とかは好きだったんですけれど、ミステリーを体系的に読むという意識はゼロだったので。そこから勉強しなきゃと思って慌ててミステリーを読み始めました。その時はディクスン・カーとかアガサ・クリスティーとかも全然読んでいなかったので、そこから全部読むことにして、またローラー読みを始めました。
自分はひよっこ作家ながら結構本は読んできたほうじゃないかとは思っていたんです。意識して新刊にも目を通してきたんじゃないかって。それで、最初はローラー読みもゆっくり進めていたんですが...。そしたら、名前を勝手に出していいのか分かりませんが、阿津川辰海先生が現れるんですよ、私の前に!

――あはは。阿津川さんの読書量と読書スピードは驚異的ですよね。

斜線堂:阿津川先生はSNSで読んだ本についてつぶやいているんですが、それを見て「なんてことだ、多すぎる」と思って。読書量でも勝てないタイプの作家がいるんだ、自分は本だけは読んでいると思っていたけれど、ぜんぜん読んでいないのかもしれんと思ってすごく焦りをおぼえたんですよね。大学で先輩に出会った時と同じです。
とりあえず阿津川先生は古典ミステリーをさらっているので、自分もある程度読まないと同じ土俵に上がれんと思って、そこから読むスピードを速めました。そしたら阿津川先生が「小説誌もしこたま読んでいる」みたいなことをつぶやくので、「この人は...!」と思いながら小説誌も買い始めたりしていました。なんか、甘えてられないなと思って。
でもそれで、古典ミステリーもよいなと気づきました。クリスティーってこんなに面白いんだとか、自分の好きなエラリー・クイーンはこれだな、などと指針が立つようになってきました。

――ミステリーは読んでいなかったとおっしゃいますが、斜線堂さんのペンネームって島田荘司さんの作品にちなんでますよね?

斜線堂:ああ、そうなんですよ。島田荘司先生の『斜め屋敷の犯罪』からつけました。中学生の時に考えたペンネームなんですけれど、確かに中学生の頃、有栖川有栖先生から入って島田荘司先生にいき、京極堂シリーズも読むという王道のルートを辿っていました。その意味だとミステリーは読んでいますが、新本格という意識がなくて、講談社ノベルス系統の延長として読んでいた気がします。

――中学生の時に決めたペンネームなんですか。

斜線堂:そうなんです。中学生の頃の友達に「マジでずっと同じペンネームを使ってるんだね」と言われて恥ずかしくて、なんでデビュー時に変えなかったんだろうと後悔しました。中学生が考えたペンネームっていわれると、確かに中学生が考えたっぽいなって感じがしますよね(笑)。ちなみに下の名前は違ったんです。以前使っていた下の名前が、例の編集者になった先輩の名前と微妙にかぶっていて。なんか癪だったので改名しました。

――記憶に残るいいペンネームじゃないですか。下の「有紀」は「ゆうき」と読みますよね。「ゆき」と読む人もいそうですが。

斜線堂:そうですね。あと「ありのり」と読んで男性作家だと思っている方も意外といらっしゃいます。いまだに何かしら写真が載るたびに、「え、女性だったの」みたいな新鮮な引リプがきます。

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