第258回: 斜線堂有紀さん

作家の読書道 第258回: 斜線堂有紀さん

大学在学中の2016年に『キネマ探偵カレイドミステリー』で電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞してデビュー、本格ミステリ大賞の候補になった『楽園とは探偵の不在なり』をはじめとするミステリーのほか、SF、恋愛小説、怪奇幻想譚など幅広い作風で魅了する斜線堂有紀さん。大の本好きでもある斜線堂さんがこれまでにはまった作家、影響を受けた作品とは? その膨大な読書遍歴の一部をお届けします。

その8「デビュー後の読書生活」 (8/9)

  • キネマ探偵カレイドミステリー (メディアワークス文庫)
  • 『キネマ探偵カレイドミステリー (メディアワークス文庫)』
    斜線堂 有紀
    KADOKAWA
    715円(税込)
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  • 予告された殺人の記録 (新潮文庫)
  • 『予告された殺人の記録 (新潮文庫)』
    G. ガルシア=マルケス,Garc´ia M´arquez,Gabriel,文昭, 野谷
    新潮社
    539円(税込)
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  • エレンディラ (ちくま文庫)
  • 『エレンディラ (ちくま文庫)』
    ガブリエル ガルシア=マルケス,鼓 直,木村 栄一
    筑摩書房
    594円(税込)
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  • 寝煙草の危険
  • 『寝煙草の危険』
    マリアーナ・エンリケス,宮﨑真紀
    国書刊行会
    4,180円(税込)
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  • 捕食者——全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズIV)
  • 『捕食者——全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズIV)』
    モーリーン・キャラハン,村井 理子
    亜紀書房
    2,298円(税込)
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  • オレンジ色の世界
  • 『オレンジ色の世界』
    カレン・ラッセル,松田 青子
    河出書房新社
    3,080円(税込)
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  • スワンプランディア!
  • 『スワンプランディア!』
    カレン・ラッセル,原 瑠美
    左右社
    2,420円(税込)
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  • 厳冬之棺 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMソ 5-1)
  • 『厳冬之棺 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HMソ 5-1)』
    孫沁文,阿井 幸作
    早川書房
    1,254円(税込)
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――その後、ものすごい勢いで次々新作を発表されているイメージがあるんですが、大学時代にそれくらい投稿されていたってことは、書くのも速いんですね。

斜線堂:デビュー当時は結構速くて、最近はそうでもないんですけれど。私はただ、打つのが速いだけです。締切が迫っていても思いついてないと1文字も書けなくて、思いついていたら1日で書ける、みたいな感じです。締切までの7日間のうち6日間は何も思いつかないな、って思いながら過ごしているというか。『異形コレクション』の短篇のようにテーマも書きたいこともはっきりしていれば本当に1日で書けます。でも思いつていない時は何も書けないので、平均するとそんなに速くもないと思います。

――アイデアを練っている間ってどうされているのですか。

斜線堂:私は結構パソコンに向かっていますね。3000字くらい書いて、「あ、これじゃなかったか、今日の成果はなしだな」と思ってその日を終える...みたいな。書いてはボツにしちゃうタイプです。でもボツにした、そうした断片みたいなものが全部創作ノートになるというか。だいたいが使えないものなんですけれど、一応残しておいて、見返して創作の参考にしています。

――デビュー作の『キネマ探偵カレイドミステリー』は映画に造詣の深い探偵が登場するミステリーでシリーズ化されていますが、あれはご自身の映画好きが高じて生まれたキャラクターだったのですか。

斜線堂:さきほど卒業論文の話をしましたが、卒業論文の文献演習で調べなきゃいけなかったことをそのまま流用したんですよね。これだけ調べて卒業論文にだけ使うのはもったいないから、探偵が映画に詳しいってことにしてこの知識を使おう、って。なので映画好きというよりは、映画に関する論文を書いていたから生まれたキャラクター、というのが真相です(笑)。

――そこから短期間にさまざまな作風の作品を発表していますよね。

斜線堂:はい。どこにこの作風の源泉があるかというと、中高時代に憧れたマジックリアリズムかなと思っていて。ラテンアメリカ文学が好きなんです。有名なところだとガルシア=マルケスの世界観が好きで、ああいうものを書きたいと思うと自然と奇想的なものが出来上がるというか。自分がマルケスくらいすごいものを書いているのかというと、比較して落ち込んでしまいますが、自分の中では地続きであるような気がします。小説を書く時、自分が読んで好きだったものを再現しようという意識があります。

――ガルシア=マルケスで好きな作品はどれになりますか。

斜線堂:『予告された殺人の記録』が小説としての完成度として群を抜いていると思うんですが、好きなのはやっぱり『エレンディラ』かなあという気が。小説の中でも理不尽を描いたものがすごく好きなんですよね。シャーリイ・ジャクスンにも通じると思うんですけれど、理不尽に翻弄される人間の姿を観るのが好きというか。大いなる法則とかに翻弄され、なぜそういう目に遭わなければならなかったのか具体的な原因が分からない状況の中で人間がどうするか、というところにものすごく惹かれます。

――講談社のサイト「tree」で連載されている「斜線堂有紀のオールナイト読書日記」を見ると、本当に幅広く読まれていますよね。

斜線堂:意識的に広く読もうと思いつつ、意外と読んでいるものが全部趣味に寄っている気もします。いまだに幻想文学が好きですし、海外文学の中でもマジックリアリズム的なものを選んで読んでいるな、という意識があります。

――新刊が出たら必ず買う作家はどのあたりになりますか。

斜線堂:アルゼンチンのホラー・プリンセスと呼ばれるマリアーナ・エンリケスがすごく好きで、その方の新刊は飛びつくようにして読んでいます。このあいだ『寝煙草の危険』という短篇集が出たんですけれど、素晴らしくて。何か、恐怖というものの根源に触れている感じがあるんですが、それをすごく綺麗な文体で書くんですよ。ずっと読んでいたくなるような文体の美しさと、なんでこんな怖いものを書けるんだろうっていうくらいのおぞましさが両立していて、今の自分にとっては目標だなという気がしています。

――最近はどのように本を選んでいますか。

斜線堂:出版社買いとかセレクション買いが多いんです。たとえば、亜紀書房の新刊は全部買うとか、「扶桑社ノワールセレクション」の新刊が出たら読むとか、東京創元社から出る本は送っていただけるものもありますが、それ以外も全部買うとか。昔の、お気に入りのレーベルのものを全部読もうとした頃の習慣が抜けていないんですよ。とりえず全部読んで判断したい、みたいなのがあって。

――亜紀書房の本がお好きなんですか。

斜線堂:はい。たとえば亜紀書房の翻訳ノンフィクション・シリーズから『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』というのが出ているんですが、これは、ある州で人を殺したら3日間寝ないで全速力で隣の隣の州に異動してまた殺人を犯すので、広範囲すぎて全然ばれなかったシリアルキラーの話なんですね。結局この人は、移動をやめた瞬間に捕まるんです。これって現代のミステリーの盲点でもあって、殺人犯やなにかの犯人って、近くにいて証拠を残してくれるから捕まえられるわけであって、異常な移動をしている人間って捕まえられないんだっていう。司法の限界を感じさせるところが面白かった。たぶん、アメリカ全土を移動し続けていれば理論上この人は捕まらなかったんですよ。そういう、自分の想像を超えてくる現実みたいなものに定期的に触れたいということで、亜紀書房の翻訳ノンフィクション・シリーズは読んでいます。

――読書日記の連載を拝読していると、他にもいろいろ読まれていますよね。カレン・ラッセルの『オレンジ色の世界』とか。

斜線堂:カレン・ラッセルはすごく好きですね。私の先輩で漫画の原作者をやっている人がいるんですけれど、その先輩もかなりの読書家なんです。その人が大学時代におすすめしてくれて『スワンプランディア!』を読んだのが出合いでした。

――アジアの文学もいろいろ読まれている。

斜線堂:最近の韓国SFは本当にすごくて、面白くて考えさせられるものが続々と出ているんですよ。個人的には韓国はSFが熱くて中国は華文ミステリーが熱いと思っているんですけれど、どちらも負けないぞって気持ちで読んでいます。
 最近だと、孫沁文という方の『厳冬之棺』という華文ミステリーが日本の新本格のいいところを全部引き継いだネオ新本格みたいな感じで、懐かしさすらおぼえるくらいの新本格だったんですよ。すごく感銘を受けました。探偵役も個性的で、助手もチャーミングで、北山猛邦先生みたいなダイナミックな物理トリックをやっている。こんなに面白いものを書かれてしまったぞ、という衝撃がありました。

――かと思えば純文学系も読まれていますね、安堂ホセさんの『迷彩色の男』とか。

斜線堂:芥川賞直木賞を全部読むことは継続しています。最近の芥川賞は本当にエンターテインメント的にもすごく面白くて、今いちばん熱い時期だなって友達とも話しています。そういうなかでいちばん注目したのが安堂ホセ先生で、『ジャクソンひとり』が面白かったので第二作の『迷彩色の男』も読みました。やっぱり語り口がすごく面白いですよね。内容もすごくいいんですけれど、文章表現というものに惹かれる読書遍歴を送ってきたので、そこが優れている作品に出合うと喜びをおぼえます。

――普段、書店にはよく行かれますか。

斜線堂:ちょっと時間があればとりあえず書店に行きます。書店でいちばん特徴が出るのがノンフィクションの棚だと思っています。その書店のチョイスによって、「これ知らなかった」というものが置かれていることが多いんですよ。出る冊数がちょっと少ないというのもあると思うんですけれど、ノンフィクションの棚って新陳代謝が独特で意外な出合いがあるので、書店に行くととりあえずノンフィクションコーナーに向かいます。

――1日のタイムテーブルってどんな感じなんですか。

斜線堂:規則的に不規則です。朝方に寝て、昼に起きて、ダラダラして、ちょっとだけ仕事するか本読む、みたいな生活を送っています。ここ最近は毎日打ち合わせとか会議があるんですが、それだけを頑張って、あとは本を読んでいます。「よく本を読む時間がありますね」と言われるんですけれど、逆にそれくらいしか人間的な活動をしていないんです。

――読書は1日1冊ペースですか。

斜線堂:一度読み始めたら最後まで読みたいし、この歳になると夜更かししても誰にも怒られないから読み切りますね。読み切ったら寝る、という感じです。なのでベッド脇には本が積みあがっています。

――斜線堂さんは黙読するだけでなく、朗読もよく聴いているそうですね。

斜線堂:とにかく退屈なのが苦手なので、どうしても生活しているうえで発生する掃除とか家事をやらなくてはいけない時間にAudibleを聴いていると心が安定するんです。掃除洗濯がだるいけどAudible聴いてるからまあ頑張れる、みたいな。
作品は興味の赴くまま選びつつ、これまで取り組めなかった長大なシリーズを聴き通したりします。私、森博嗣先生のS&Mシリーズを読んだことがなかったんですけれど、Audibleで配信が始まった時に聴き始めて、新しいものが配信されるたびにすぐ聴いて楽しみながら読破しました。
どんなに長い物語でもAudibleだと向き合いやすいんですよね。音声を聴き流しちゃうと話が分からなくなるので、意識がそこに向かうから自然と集中できるんです。本当に物語に向き合うぞっている時にすごく役立ちます。Audibleのない生活は考えられないです。ないと日常生活って暇だなって思ってしまう。出歩かなきゃいけない時も、本を読む時間だと思うと頑張って歩けるし。
『三体』も単行本の刊行とほぼ同時に配信してくれたのでAudibleで聴きました。早川書房のフットワークの軽さにびっくりしますよね。あれを刊行と同時に読み進めていけたのは楽しかった。他には、今まで手を出していなかったけれど読みたかったものを読むのにも使っています。アニー・エルノーも、改めて読もうと思った時に配信されたんですよね。ノーベル文学賞を受賞したのがきっかけだったのか、いきなり『シンプルな情熱』とか『嫉妬/事件』とか、全部Audibleに入ったんですよ。
フィリップ・K・ディックの読んでいない作品もAudibleを使いました。『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』は紙の本ではあまり読むぞという気持ちになれなかったのに、耳で聴き始めるとやっぱり面白いからするするっと読めました。...って、なんか早川書房の作品が多いですね。
 他には、私、藤本義一先生がすごく好きなんですけれど、藤本先生のエッセイが配信されていたのが嬉しかったです。藤本先生の『鬼の詩』がすごく好きなんです。結局私の小説家の理想像って『鬼の詩』みたいなところがあって。小説の主人公は落語家という、人に見せる芸の方でしたけれど、小説家もかくあるべきだなみたいなものを感じるんですよね。なににつけても自分が決めたものに命と人生をかけなきゃ駄目だみたいなところが、共通しているなと思いました。

  • 三体
  • 『三体』
    劉 慈欣,立原 透耶,大森 望,光吉 さくら,ワン チャイ
    早川書房
    2,090円(税込)
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  • シンプルな情熱 (ハヤカワepi文庫)
  • 『シンプルな情熱 (ハヤカワepi文庫)』
    アニー エルノー,Ernaux,Annie,堀 茂樹
    早川書房
    880円(税込)
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  • 嫉妬/事件 (ハヤカワepi文庫 エ 1-2 epi106)
  • 『嫉妬/事件 (ハヤカワepi文庫 エ 1-2 epi106)』
    アニー・エルノー,菊地 よしみ,堀 茂樹
    早川書房
    1,188円(税込)
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  • パーマー・エルドリッチの三つの聖痕
  • 『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』
    フィリップ K ディック,浅倉 久志
    早川書房
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  • 鬼の詩/生きいそぎの記 (河出文庫)
  • 『鬼の詩/生きいそぎの記 (河出文庫)』
    藤本義一
    河出書房新社
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