
作家の読書道 第273回:荻堂顕さん
2020年に「私たちの擬傷」(単行本刊行時に『擬傷の鳥はつかまらない』に改題)で新潮ミステリー大賞を受賞、第2作『ループ・オブ・ザ・コード』が山本周五郎賞候補、第3作『不夜島(ナイトランド)』で日本推理作家協会賞受賞、第4作『飽くなき地景』が直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補と、注目度が高まり続ける荻堂顕さん。作家志望ではなかった荻堂さんが、小説を書きはじめたきっかけは? 国内外の愛読書とともに、来し方を教えてくださいました。
その5「執筆に影響を与えた小説」 (5/8)
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- 『伏 贋作・里見八犬伝 (文春文庫)』
- 桜庭 一樹
- 文藝春秋
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――アニメや映画の脚本家よりも、小説家になりたいという気持ちが強まったのでしょうか。
荻堂:アニメや映画の脚本家のなり方が分からなかったんです。脚本家のwikiとかを見ても、誰かに弟子入りしていたり、突然キャリアがスタートしていて。たまに映画会社で働いていた、という人もいて僕も一応就職活動はしたんですけれど、受けては落ちるみたいな感じでした。それで、その職業になるなり方がフェアじゃないように感じたんです。でも、小説家は基本的に新人賞を獲ってデビューするじゃないですか。誰でも応募できるし、今どき持ち込みなんてほぼないから、なる方法が賞一択だというのはフェアであるし、自分にもチャンスがあると思いました。
それに、小説家になってステップアップすればアニメや映画の脚本もできると思ったんですよ。逆に、脚本家が小説を出すのって、それなりのキャリアがないと難しいですよね。小説の新人賞に脚本を書いている人が応募することもあるのは、それだけ難しいということだろうし。
――それで小説を書いて応募するようになって。
荻堂:そうですね。自分の中で純文とエンタメを分けて読んでこなかったので、ジャンルは意識していませんでした。小説の書き方の指南書も読まなかったので、思うようにダラダラ書いていたら、初めて書いた小説が42万字くらいになっちゃって。その分量を受け付けてくれる新人賞というと、それまでメフィスト賞が上限なかったのに『図書館の魔女』が出たせいなのか上限が出来てて、他に上限がない賞ということで第3回新潮ミステリー大賞に応募しました。
――最初に書いたものって、具体的にはどんな話だったのですか。
荻堂:わりとボーイミーツガールのミステリみたいな。主人公が、身体のどこかが欠損している人にしか情欲を持てない欠損愛好の大学生の男の子で、その子が、古い屋敷で暮らしている、片足がなくて車椅子で生活している少女に出会う、みたいな。わりと初期の桜庭一樹さんのような、ちょっとゴシックぽいというかホラーっぽいミステリみたいな感じでした。それを締切当日に書き上げて未推敲で応募して、駄目かなと思っていたら「小説新潮」に通過者として名前が載っていたので、才能があるのかな、って(笑)。のちにデビューした後に新潮社の編集者に「第3回にも応募した」と言ったら、「あの作品ですか」ってうっすらと思い出していたので、記憶に残るものが書けたなら良かったと思いました。
――桜庭一樹さんも読んでらしたんですね。
荻堂:全部というわけではなくて、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』、『少女には向かない職業』、『少女七竈と七人の可愛そうな大人』、『赤朽葉家の伝説』、『私の男』、『伏 贋作・里見八犬伝』...。あと2冊くらい。「少女七竈」とか「赤朽葉家」とか『私の男』がめっちゃ好きです。
――第3回以降も新潮ミステリー大賞に応募し続けたわけですか。
荻堂:第3回、第4回、第5回は応募しているんです。第4回の時も例によって書きあがらなくて未推敲で応募して、案の定最終までは残らずその一歩手前だったんですけれど、その時はタイトルを書き忘れたので、「小説新潮」には「無題」って書かれてます。第5回の時は最終の一歩手前の予備選考にも残らなかったので、これはちゃんと考え直そうと思い、なおかつ、応募しておいてこんなことを言うのは駄目なんですけれど、新潮ミステリー大賞より江戸川乱歩賞のほうが受賞作が話題になるんじゃないかと思って、次は乱歩賞に出したんです。
乱歩賞は枚数の上限があるので、そこに収まるように書くのが難しくて、中途半端に縮めたものになったんですけれど。僕、乱歩賞受賞作では藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』がいちばん好きだったんです。それまでは初期の桜庭さんみたいなテイストのものを書いていたんですけれど、乱歩賞に応募しようとなってはじめて、ハードボイルド系の小説を書いたんですね。ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』の日本版みたいな。それが一次にも残らなかったので、またいろいろ考えた結果、最初に書いていた桜庭さんっぽいファンタジックなテイストとハードボイルドを足そうと考えたんです。それがデビュー作となった感じです。
――それが2021年に第7回新潮ミステリー大賞を受賞した『擬傷の鳥はつかまらない』(応募時のタイトルは「私たちの擬傷」)ですね。歌舞伎町の裏社会で、依頼に応じて偽の身分を作って与えることを生業とする女性が主人公。彼女には異世界へ通じる扉を開ける能力があり、この社会で居場所を失くした人を逃すこともできるけれど...という。
受賞前、応募を続けていた期間ってどんなものを読んでいたのですか。
荻堂:わりとランダムに読んでいたのかな。ハードボイルドは読んでいました。明確にこれを読んだからデビューできた、みたいな本があって。ゴールデン街で働いている時に、お客さんから丸山健二をお薦めしてもらったんです。それで『ときめきに死す』と『夏の流れ』を読んで、あのハードボイルド感みたいなものが参考になりました。大学生の時に福永武彦も『忘却の河』とか『廃市』を読んでいたんですけれど、この二人を読んだのが大きかった気がします。
福永さんは文章が参考になりました。『飽くなき地景』を書く時も『廃市』を読み返して、一文の長さとか、読点を打つ一とか、ものすごく参考にしてます。
福永さんってフランス文学もやっていた人のせいか、一文が長いんですよね。読点も文章の意味で打っているというよりは、自分の読ませたいリズムで打っている感じなので、それを参考にしました。
――『飽くなき地景』の文章がものすごく好きだったんですけれど、そうだったんですね。
荻堂:その頃は桐野夏生さんも読んでいました。デビュー作で歌舞伎町で探偵業みたいなことをやっている女の人を主人公にしたのは、やっぱり桐野さんの『顔に降りかかる雨』とかの探偵ミロのシリーズが参考になったし、『グロテスク』や『OUT』も面白くて傑作だと思いました。
あと、貴志祐介さんの『新世界より』もこの頃に読んだのかな。めちゃくちゃ好きでした。貴志さんは『新世界より』の前日譚の「新世界ゼロ年」を途中まで連載されてましたけど、貴志さんが続きを書かないなら自分が書く、みたいな気持ちでデビューしました。
――ミステリの賞からデビューされたわけですが、ミステリ作家を志望していたわけではないんですよね。
荻堂:そうなんです。僕、そこまで国内ミステリは読んでいなくて、デビューしてからはじめて『十角館の殺人』を読んだくらいなんですね。
でも、島田荘司さんはデビュー前から読んでいるんです。大学生の頃に『占星術殺人事件』を読んでめちゃくちゃ面白いと思って。『ネジ式ザゼツキー』とか『異邦の騎士』とかがめっちゃ好きでした。
それで、ミステリ作家でデビューしたからには読まないとやばいなと思って、最初の1年くらいで、ミステリスターターキットみたいなものをググって読みました。「このミス」のランキングに入ったものというより、本格とか新本格好きがお薦めしている国内作品をわーっと読みました。歌野正午さんの『葉桜の季節に君を想うということ』とか、殊能将之さんの『ハサミ男』とか。
――あ、スターターキットって、私はまた『虚無への供物』みたいな古典的な作品かと思っちゃいました。
荻堂:それはデビュー前にミステリ枠でなく「三大奇書」枠で読んでます。『虚無への供物』と『ドグラ・マグラ』と『黒死館殺人事件』ですよね。それと舞城王太郎も、ミステリ枠ではなく奇書枠で『ディスコ探偵水曜日』を読んでいました。あれは「第四の奇書」と言われていたんで。ミステリ枠では、『ネジ式ザゼツキー』と『ディスコ探偵水曜日』が好きですね。ミステリと言っていいのか分からないですけれど。
――ちなみに国内SFは読まないんですか。
荻堂:光瀬龍さんの『百億の昼と千億の夜』とか好きでしたけれど、他は『虐殺器官』の伊藤計劃さんくらいですね。