第273回:荻堂顕さん

作家の読書道 第273回:荻堂顕さん

2020年に「私たちの擬傷」(単行本刊行時に『擬傷の鳥はつかまらない』に改題)で新潮ミステリー大賞を受賞、第2作『ループ・オブ・ザ・コード』が山本周五郎賞候補、第3作『不夜島(ナイトランド)』で日本推理作家協会賞受賞、第4作『飽くなき地景』が直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補と、注目度が高まり続ける荻堂顕さん。作家志望ではなかった荻堂さんが、小説を書きはじめたきっかけは? 国内外の愛読書とともに、来し方を教えてくださいました。

その7「読書における3つの基準」 (7/8)

  • ループ・オブ・ザ・コード
  • 『ループ・オブ・ザ・コード』
    荻堂 顕
    新潮社
    1,950円(税込)
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  • 擬傷の鳥はつかまらない (新潮文庫)
  • 『擬傷の鳥はつかまらない (新潮文庫)』
    荻堂 顕
    新潮社
    990円(税込)
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  • 地図と拳
  • 『地図と拳』
    小川 哲
    集英社
    2,336円(税込)
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  • 飽くなき地景
  • 『飽くなき地景』
    荻堂 顕
    KADOKAWA
    2,145円(税込)
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  • オリンピックの身代金(上) (講談社文庫 お 84-8)
  • 『オリンピックの身代金(上) (講談社文庫 お 84-8)』
    奥田 英朗
    講談社
    880円(税込)
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  • カフカ ポケットマスターピース 01 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
  • 『カフカ ポケットマスターピース 01 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)』
    フランツ・カフカ,多和田 葉子,川島 隆,竹峰 義和,由比 俊行
    集英社
    1,430円(税込)
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  • 地球にちりばめられて (講談社文庫 た 74-5)
  • 『地球にちりばめられて (講談社文庫 た 74-5)』
    多和田 葉子
    講談社
    792円(税込)
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  • 夏物語 (文春文庫 か 51-5)
  • 『夏物語 (文春文庫 か 51-5)』
    川上 未映子
    文藝春秋
    1,067円(税込)
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――第2作でいきなり『ループ・オブ・ザ・コード』という大作を書かれて。疫病が蔓延した後の世界を舞台に、生物兵器を使ったクーデターを起こしたことにより、国連から言語や文化などすべてが抹消された国で、児童たちの間で奇妙な病が発生。世界生存機関に所属するアルフォンソが調査のために現地に派遣される。彼は秘密裡に、何者かに盗まれた生物兵器とその生みの親の行方を捜し出すという任務も背負っている...。壮大なスケールかつ緻密な設定の作品です。

荻堂:次はSFをやりたいなと思っていました。抹消された国というアイデアはすでにあったので、もしも『擬傷の鳥はつかまらない』でデビューできていなかったら、そのアイデアでSFを書いて東京創元社か早川書房の賞に出そうかなと思っていたんです。
デビュー後、「2作目もミステリで」と言われて頑張ってミステリっぽい筋も考えみたんですけれど、やっぱりSFが書きたくて、「令和版『虐殺器官』みたいな話をやりたい」と伝えたら、担当者がOKを出してくれました。
僕はわりと、次回はこういう話を書きたいと説明する時に、先行作品を挙げて「僕バージョンの○○を書きたい」みたいな説明をするんです。

――国家や人々のアイデンティティのこと、反出生主義のこと、疫学調査のことやもろもろの社会問題のことなど、いろんな要素が詰まっていますよね。相当参考文献も読まれたのではないですか。

荻堂:そうですね。結構読んだんですけれど、参考文献芸みたいになるのはよくないと思っていて(笑)。まあ、嘘を書くにしても、事実を知らないで書くのと知ってて書くのでは知ってて書いたほうがいいとは思うんで、「ループ」はプロとして人生ではじめて参考文献を集めて読む、ということをやりました。
参考文献の集め方は、最初は手探りだったんですけれど、だんだん分かってきました。小川哲さんがまったく同じことを言っていたんです。『地図と拳』を書くために満州について調べる時、「満州とは」というスターターキットを自分で作るのは大変だけど、満州について書かれた小説とかの参考文献を見るとまとまっているから、それを集めたほうが早い、って。僕も『飽くなき地景』で東京オリンピックを書こうとした時、オリンピックについての本をいろいろ探すよりも、奥田英朗さんの『オリンピックの身代金』の参考文献を見たほうがやっぱり早かったですね。僕が奥田さんみたいな人に参考文献のリサーチ能力でかなうわけがないんで、やっぱり得意な人の真似をしたほうが絶対に早いです。

――『ループ・オブ・ザ・コード』の刊行時にインタビューした際、多和田葉子さんの作品のお話をされていましたよね。

荻堂:ああ、多和田さんは大学生になってから人に薦められて読みました。多和田さんはカフカの翻訳をされていて(集英社のポケットマスターピースの『カフカ』)、それも読みました。
僕が本を読んだ時の評価軸って3つあるんです。「面白い」「嫌い」「これを起点に自分の小説の構想を作れそうなもの」。多和田さんは3番目で、この人の小説を読んだ時に思ったことをもとに、自分が何か別のものを作れそう、という枠ですね。『地球にちりばめられて』なんかはナショナルアイデンティティにも関わる話だと思って読みました。どちらかというとあれはどんどん言語の話になっていくんですけれど。

――川上未映子さんの『夏物語』も読まれたとおっしゃっていました。

荻堂:川上さんの作品も、何か起点になるかもしれない本の枠ですね。デビューしたての頃に友達から『夏物語』の感想を聞かせてほしいと言われて読んだんです。すごくいい小説だと思ったんですけれど、そこから反出生主義について考えるところがあって。それを言語化したのが『ループ・オブ・ザ・コード』ともいえますね。

――起点になるかもしれない作品って、他にもいろいろあるんですか。

荻堂:そうですね。何かを読んでその中で使われている題材を自分だったら別のものにしたいと思うこともあるし、読んでいてその題材の描き方があまり好きになれなくて、自分だったら違うバージョンで書くなと思うこともあるし。
もちろん、いい影響を受けて、「このやり方があるんだったらこれもやろう」と思うこともあります。たとえば『擬傷の鳥はつかまらない』の時は映画の「ラ・ラ・ランド」ですね。「擬傷~」は主人公の女性に異世界、つまりifの世界に行く能力がありますよね。でもifの世界を選ばずに厳しい現実に戻って生きていく姿を書きたかったんです。
映画の「ラ・ラ・ランド」って、ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンが演じる二人が、一緒に幸せになる未来もあったけれどそうはならなかったし、それぞれ今を頑張っていこうねっていう、ifを見てから現実に戻るじゃないですか。ゲームの世界だったらいくつもの分岐点があってそれを選べるけれど、現実ってそうじゃないよねってことをデミアン・チャゼル監督がちゃんとスクリーンでやっている。あの映画を何度か見直しているうちに、『擬傷の鳥はつかまらない』の話を思いついたところがあります。新海誠監督の「天気の子」もそうですね。あの映画も、別パターンのエンディングもありえたけれど、主人公たちはあの結末を選んで、そこで生きていこうとする。あれは「擬傷~」を応募する前、改稿の時期くらいに公開されて観ました。

――3作目の『不夜島(ナイトランド)』は歴史改変SF。戦後、台湾との密貿易がさかんな与那国島で、身体の一部がサイボーグとなった密売人が不可思議な依頼を受ける。彼のアイデンティティを巡る話でもありますね。サイバーパンクの小説は何がお好きなんでしたっけ。

荻堂:ギブスンの『ニューロマンサー』なんかも読みましたけれど、それより僕が好きなのは、ジョージ・アレック・エフィンジャーの『重力が衰えるとき』ですね。ギブスンよりも先にこっちを読みました。アラブの架空の都市を舞台にしたハードボイルドで、めちゃめちゃ面白いんですよ。主人公である探偵の頭が電脳化されていて、チップを入れ替えると別の人格みたいになるという設定があって。ネロ・ウルフっていう、別の作家が書いた探偵がいるじゃないですか。

――はい。『料理長が多すぎる』とかの。レックス・スタウトですね。

荻堂:チップを入れたら頭ん中にネロ・ウルフが出てきて、一緒に謎解きをしてくれるんです。でも室内で蘭を育てようとするから、こいつは使えないっていって外したりするっていう。

――めっちゃ面白そう! コミカルな話なんですか。

荻堂:コミカルなんですけれど、切なさというか、ハードボイルド味もあって。本当によくできた小説で、これを読んだ後でギブスンを読んだ時、自分にはちょっとドライすぎるなと感じました。
デビューしてから『重力が衰えるとき』を読み返した時、こういう話って関西のネオン街でできるなって思ったんですよ。関西弁を話す商人が怪しい義手とか義足とかを売っている、みたいな。でも僕は関西に詳しくないし、僕が関西を書くなら使いたかった戦後の警察機構って、もう坂上泉さんが『インビジブル』で書かれているんです。
という時に知ったのが、昔、沖縄の与那国島にはゴールデン街みたいに小さな店が集まった場所があって、そこで密貿易が行われていたということでした。ここがサイバーパンクの舞台だったら面白いかもしれないって思ったんです。だから『不夜島』は、「与那国島版『重力の衰えるとき』」なんですよ。

――実際に与那国島に行く機会があって、それもきっかけだったそうですね。

荻堂:妻が沖縄出身で、前から興味はあったんです。実際に与那国島に行ってそこに住む人と話す機会もありました。ネットで心ないことを言われて傷ついている人もいて、やっぱり自分たちはデジタル社会に毒されているなと考えました。それもあって、サイバーパンクを書こうと思ったんです。
沖縄関連の小説はそれまでも、妻から目取真俊さんを教えてもらって『虹の島』を読んだりしていました。真藤順丈さんの『宝島』も読みましたし。
やっぱり自分は東京出身で、ルーツみたいなものを感じづらいんです。沖縄って日本の中でも歴史的にとりわけルーツを感じざるをえない場所だと思うので、そこに住む人たちの気持ちを少しでも理解できたらいいなと思って書きました。

――この『不夜島』で、日本推理作家協会賞を受賞されましたね。

荻堂:最初はSFなのになんで候補になったんだろうと思って。考えてみたらこれまでもSFが候補になったことはあるんですよね。歴史のある賞なので受賞は嬉しかったです。

  • 擬傷の鳥はつかまらない (新潮文庫)
  • 『擬傷の鳥はつかまらない (新潮文庫)』
    荻堂 顕
    新潮社
    990円(税込)
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  • 不夜島(ナイトランド) (単行本文芸フィクション)
  • 『不夜島(ナイトランド) (単行本文芸フィクション)』
    荻堂顕
    祥伝社
    1,960円(税込)
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  • ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)』
    ウィリアム・ギブスン,黒丸 尚
    早川書房
    1,122円(税込)
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  • 料理長が多すぎる (ハヤカワ・ミステリ文庫 35-1)
  • 『料理長が多すぎる (ハヤカワ・ミステリ文庫 35-1)』
    レックス スタウト,平井 イサク
    早川書房
    770円(税込)
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  • インビジブル (文春文庫 さ 75-2)
  • 『インビジブル (文春文庫 さ 75-2)』
    坂上 泉
    文藝春秋
    957円(税込)
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  • 虹の鳥【新装版】
  • 『虹の鳥【新装版】』
    目取真 俊
    影書房
    1,980円(税込)
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  • 宝島(上) (講談社文庫 し 106-2)
  • 『宝島(上) (講談社文庫 し 106-2)』
    真藤 順丈
    講談社
    924円(税込)
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