
作家の読書道 第273回:荻堂顕さん
2020年に「私たちの擬傷」(単行本刊行時に『擬傷の鳥はつかまらない』に改題)で新潮ミステリー大賞を受賞、第2作『ループ・オブ・ザ・コード』が山本周五郎賞候補、第3作『不夜島(ナイトランド)』で日本推理作家協会賞受賞、第4作『飽くなき地景』が直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補と、注目度が高まり続ける荻堂顕さん。作家志望ではなかった荻堂さんが、小説を書きはじめたきっかけは? 国内外の愛読書とともに、来し方を教えてくださいました。
その6「映画・人文書も好き」 (6/8)
――大学卒業後しばらくゴールデン街で働いた後、小説家デビューされるまではお仕事はどうされていたのですか。
荻堂:高校時代に身体を鍛え始めた話をしましたが、卒業するくらいに格闘技を始めて、思いのほか合っていたので大学4年の頃にインストラクターになって、格闘技ジムのインストラクターをやったり、ジムに来ている練習仲間の会社でバイトしたりして、お金はそんなに困らなかったです。
――どの種目のインストラクターだったのですか。
荻堂:自分が教えていたのはブラジリアン柔術ですね。寝技です。
大学でプロレス同好会に入りたかったんですけれど、自分は身体が小さいので、さすがにプロレスは難しいなと思って。それで総合格闘技をやろうと思って当時の実家の沿線にある総合格闘技のジムに入ったんです。そこのジムの代表がブラジリアン柔術の黒帯で、「寝技練習したほうがいいよ」と言われ、そこからでした。
――ところで、映画はその後もずっと観ているのですか。
荻堂:大学生の時にいちばん観ていました。本当に年間300本くらい。最近は、コロナ禍の頃に犬を飼い始めて生活スケジュールが合わなくてあんまり映画館には行かなくなっちゃったんですけれど。
――映画でとりわけ好きな監督や作品はありますか。
荻堂:ミヒャエル・ハネケがいちばん好きです。中学生くらいの時に「ファニー・ゲーム」を観てすごく不快になって、その不快感が数日間続いて。こんだけ人を不快にさせられるものを作るってすごいなとなって、そこから他の作品も観ました。たぶん、いちばん好きな映画は何かと訊かれたらハネケの「ピアニスト」と言いますね。
なんか、おこがましいんですけれど、ハネケがやっていることってそんなに自分と遠くないんです。「ファニーゲーム」って暴力シーンがえぐいんですけれど、メイキング映像でハネケが言っているのが、たとえば「ダイ・ハード」はブルース・ウィリスが人を殺しているのをヒロイックに描いているけれど、あれだって立派な殺人でしょうっていう。だったら映画の中で暴力をグロテスクに描いてみよう、アンチハリウッド映画、アンチアクション映画みたいなことをやろうと思った、と語っているんです。「ピアニスト」のメイキングでも、みんな簡単に恋愛の文脈で「本当の自分を知ってもらう」みたいなことを言うけれど、本当の自分を知ってもらうってどんなにおぞましいことか、みたいな話をしている。だからあれもアンチ恋愛映画みたいなものなんですよね。
ミステリも、ミステリ好きの人はある一定のところを「ここはお約束だから」みたいな感じである程度透明化して読むと思うんですけれど、そういうのってどうかなと思うことがあるんです。自分はいろんなジャンルのアンチみたいなことをやりたいなって考えているふしがあって、そこでハネケに共感する部分がありますね。
前にゲームを作っていた話はしましたが、ゲームならギミックは受け入れられるんですよ。でも小説ではギミックを受け入れられないという、感覚のアンビバレントさがありますね。小説は物語の筋を読みたいんで、ギミックを重視されるとすごく嫌な気持ちになるんです。なので小説はもう、分かる人が分かればいいって気持ちで書いているんですけれど、ゲームを作るなら、ちゃんと一般受けを考えて作ると思います。
――人文書やノンフィクションは読みますか。
荻堂:読みますよ。僕が高校生の時に何度目かのレヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』のブームが来て、それで読んだりとか。あとこの「作家の読書道」でもいろんな人が挙げていますが、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』もめっちゃ流行っていたので読みました。
最近は小説を書く時の参考資料が多くなっちゃうんですけれど。『ループ・オブ・ザ・コード』の時に参考にしたソール・A・クリプキの『名指しと必然性』なんかは好きだったですね。
――読書記録はつけていますか。
荻堂:一切やっていません。日記とかが苦手で、ドッグイヤーだけですね。良かったと思うページの端を折っておくんですが、読み返した時に「なんでここ折っていたんだろう」となります(笑)。だからたぶん、いいなと思った箇所は書き留めておいたほうがいいんですよね。