
作家の読書道 第274回:白尾悠さん
2017年に「女による女のためのR‐18文学賞」の大賞と読者賞を受賞、翌年受賞作を含めた連作集『いまは、空しか見えない』で単行本デビューした白尾悠さん。幼い頃に自宅が図書室を開いていたこと、読書家のお姉さんの存在、大学時代のアメリカ留学、お仕事の変遷など、読書遍歴の背景には意外なエピソードがたっぷりありました!
その5「留学時代の読書」 (5/8)
――アメリカでは『サード・キッチン』の主人公のように、白尾さんもリベラルアーツカレッジに行って、最初は寮生活を送り、学生が運営する食堂に参加されたそうですね。食堂では和食を振る舞っていたとか。
白尾:料理はできたんで。親が共働きだったので、基本、家の食事やお弁当は姉妹三人でまわしていたんです。
――白尾さんが参加した食堂はさまざまなマイノリティの学生が集まる場だったそうですね。小説でも、主人公が差別や人権についての問題を見つめていく。
白尾:まず大学自体が、成り立ちからして反人種差別のところだったんです。入学の時に新入生全員に配る本があって、それがコーネル・ウェストの『人種の問題』でした。私も行く前から「マルコムX」のような映画を観たり、ロス暴動のニュースを見て差別問題を考えていました。高校最後の夏には祖母と一緒にアメリカに行って、祖母が留学していた頃に仲良くしていた日系人の方にお会いしました。祖母が、この先そんなに動けなくなるから今のうちにお礼の挨拶に行きたいというので。その時に、そのご家族が戦時中に強制収容された話などをしてくださったんです。そういうこともあり、大学入学前から日系人に対しても含め、さまざまな差別問題があることも分かっていました。その上で大学に入ったんですが、やっぱり肌感覚が全然違いましたね。ゲイやバイの人も30%くらいいる大学だと聞いていたんですが、同じ寮の男の子から「うちのお母さんたち」と家族を紹介されて、はじめて同性婚のファミリーに会いました。それが特別なことではない感じでした。
――読書生活はいかがでしたか。
白尾:私は漱石以外は日本の近代文学を避けて通ってきてしまったんですが、留学前に、「アメリカ人は三島由紀夫が好きだから読んでおけ」ってすごく言われたんですよ。そうしたら案の定よく話に出てきました(笑)。今も仲良くしている子はトルコからの留学生だったんですけれど、彼女の生涯ベストテンに三島の『豊穣の海』の四部作が入っているんです。読んでおいてよかったなと思いました。実際、面白かったし。
大学では、図書館に日本語の蔵書が充実していたんです。夏目漱石や谷崎潤一郎などの全集も揃っていました。それより教科書を読むことでいっぱいいっぱいではあったんですけれど、読んでぱっと分かる感覚が懐かしくて、図書館のそのエリアをうろうろしては日本語の本を読んでいました。その時に川上弘美さんの本に出合ったんです。『蛇を踏む』です。そこから純文学を読むようになり、図書館の蔵書ではなかったんですけれど、小川洋子さんを読むようになりました。『薬指の標本』『密やかな結晶』から入って、夢中になりました。
遠藤周作も『海と毒薬』などは日本で読んでいましたが図書館に『深い河』があって、それも面白かった。それと、平岩弓枝さんの『女と味噌汁』があってすっかりはまり、留学期間中に次姉に『御宿かわせみ』シリーズを送ってもらっていました。巻末の本の紹介を読むのが好きなので、それで気になったものを送ってもらったりもしました。開高健とか山本周五郎とか。
それと、私は人類学を専攻していたんですが、先生たちがアイヌにすごく興味を持っていたんです。私も、日本に住んでいた時に家の近くにアイヌのお料理屋さんがあったり、アイヌの踊りや歌を見せてくれるイベントに母が連れていってくれたことがあり、もっと知りたいなと思っていて。それで、本多勝一さんの『アイヌ民族』といったアイヌ関連の本を読んだりもしました。英語の文献が圧倒的に少ないから、人類学の先生たちには日本語の文献を読めるということで重宝していただきました。当時は国立アイヌ民族博物館のような大きな博物館はなかったんですけれど、北海道のアイヌの協会に問い合わせて質問させていただいたり、資料をいただいたりもしました。
それと、図書館には日本の雑誌もあったんですね。アメリカに届くまで2週間くらいかかるんですけれど、「AERA」などの週刊誌や「太陽」がありました。「太陽」が大好きでした。それでクラフト・エヴィング商會を知ったんです。ありそうな架空の職業を紹介する連載があったんですよね。『じつは、わたくしこういうものです』というタイトルで本にもなっています。顔写真も掲載されていて、小川洋子さんが冷たい水を守る「冷水塔守」として登場していました。他にも、森の中の図書館のシチュー番とか、世界最小音楽を作る秒針音楽師とか、ないけれどありそうな素敵な職業がいろいろ紹介されていました。
それと、日本語に飢えまくっていたので、吉本ばななさんの作品を英訳された先生に個別授業をやってもらったんです。夏目漱石をやりたいと言って、初期の三部作『三四郎』『それから』『門』と、後期の三部作で未読だった『彼岸過迄』『行人』、そして未完の『明暗』を読みました。ほかに、当時水村美苗さんが『続 明暗』を出されてすごい試みだなと思ったので、それも読みました。最初は初期と後期で比較エッセイを書こうと思っていたんですけれど、結局『明暗』だけで書いた記憶があります。
あとは塩野七生さんのエッセイですね。大学の途中でちょっとだけイタリアに行ったので、イタリアといえば、という感じで読み始めたんです。最初は短いエッセイかなにかを読んだんですけれど、それが面白かったので、いろんな著作を読みました。
――ちょっとだけイタリアに行ったというのは。
白尾:短期留学という形で行きました。大学で、人類学だけでなく政治学もダブルメジャーという形で専攻して、芸術も副専攻でやっていて、クラスを取りまくっていて。それで、ちょっとバーンアウトしてしまったんです。他校と単位交換ができる制度があって、うちの大学より学費が安いところがあったので、1学期間だけ芸術の勉強をしにローマに行きました。アメリカの芸術大学のローマ校だったので、イタリア語は必修なんですけれど、授業は基本英語でした。ただ、街中での人種差別がすごくて。自分は大学に守られていたんだなって実感しました。
その時にヨーロッパにいる友人を訪ねてまわったんですが、スペインに行った日本の友人が村上春樹の『遠い太鼓』をくれて、旅の間はずっとそれとミヒャエル・エンデの『鏡のなかの鏡』を繰り返し読んでいました。それと、映画の「イル・ポスティーノ」が好きだったので、当然聖地巡礼をしました。
――小さな島の内気な郵便配達員の青年が、チリから亡命してきた詩人のパブロ・ネルーダと交流を深めていく。名作ですよね。あのロケ地ってどこなんですか。
白尾:海辺の場面はシチリア沖のエオリア諸島です。当時はぜんぜん観光客がいない諸島だったんですが、どうしても見たいと思って。あの映画の影響でネルーダもちょっと読みました。
――英語での読書はいかがでしたか。
白尾:スタインベックの『怒りの葡萄』とか、イザベラ・アジェンデの『精霊たちの家』などを読みました。アメリカに行く前にちょっとだけカナダで語学学校に行ったんですが、その時のホストマザーがお別れの際にキャロル・シールズの『ストーン・ダイアリー』をくれたので、それも読みました。
あとは、大学の人類学の教科書に結構エスノグラフィー(民族誌)があったので、それは読み物として楽しめました。
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