
作家の読書道 第274回:白尾悠さん
2017年に「女による女のためのR‐18文学賞」の大賞と読者賞を受賞、翌年受賞作を含めた連作集『いまは、空しか見えない』で単行本デビューした白尾悠さん。幼い頃に自宅が図書室を開いていたこと、読書家のお姉さんの存在、大学時代のアメリカ留学、お仕事の変遷など、読書遍歴の背景には意外なエピソードがたっぷりありました!
その6「帰国してからの仕事の変遷と読書」 (6/8)
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- 『鉄コン筋クリート(1) (ビッグコミックス)』
- 松本大洋
- 小学館
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- 『天才柳沢教授の生活(1) (モーニングコミックス)』
- 山下和美
- 講談社
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――卒業後はどうしようと考えていたのですか。
白尾:すごく迷ってしまって。大学院に行くためにあえて大学院の進学率が高い大学を選んだし、成績も頑張っていたんですけれど、結局なにをやればいいんだろうと考えてしまったんです。人類学にも政治学にも興味があったし、才能がないと分かっていてもやっぱり芸術系にも興味があって。
いっときジャーナリズムに行こうかなと思って、アメリカの通信社の東京支局でインターンもやりました。ちょうど夏だったので、広島や長崎の平和宣言のレポートを書いて本社に送ったら、からかい半分に「歴史修正主義者がいる」と言われました。あくまでも冗談まじりで、そこまで重い感じで言われたわけではないんですけれど...。その時に別の通信社の採用試験も受けて、インターン先からは推薦文ももらえたんですけれど、見事に落とされました。
大学ではそのままストレートに大学院に行く子はまずいなくて、ギャップイヤーを設けていろいろ働いたり、平和部隊に参加したりしていたんです。それで私もとりあえずお金を稼ごうと思い、帰国して就職しようとしました。就職氷河期のさなかに。
日本の大学とは卒業の時期がずれているので、最初のうちはデザイン事務所でインターンをしたり、英語を教えたりして、その後で契約社員という形で会社に入りました。それまで非正規雇用の問題もまったく知らなかったんですが、「なにかおかしくない?」ということがいっぱいありました。同じ時期に入社した正社員の子が、同期であるはずなのに挨拶してくれないとか、ご飯を食べる時は派遣さんと契約さんと正社員は別、とか。そういう変な文化があって、やってられないと思って1年経たずに転職しました。その時はもう、お金を稼ぐというよりは興味がある方面に行こうと考えて、映画系の会社に正社員として就職しました。
――帰国して、読書生活に変化はありましたか。
白尾:帰ってきた頃に村上春樹さん訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が出て話題になっていたので読んだり、相変わらず読書はしていました。就職先にも偶然本好き漫画好きの方がいたんです。OJTの先輩から松本大洋さんを教えてもらって『鉄コン筋クリート』などを読みました。
大学時代は日本の漫画にすごく飢えていたし、帰国した時がちょうど古い漫画の文庫版が出始めていた時期だったので、それらを読みまくりました。萩尾望都さんを読んで、そこから萩尾さんの短篇シリーズの原作であるレイ・ブラッドベリのSFを読んだり。
漫画といえば、成田美名子さんの『エイリアン通り』の主人公が、すごく映画好きなんですよね。作中で映画の台詞を引用したりしているんです。私は映画の字幕の監修もやっていたんですけれど、『エイリアン通り』内で言及されている名作の字幕を新たに作った時に、漫画にある通りに台詞を調整しました(笑)。
山下和美さんもサイン会に行ってしまうくらい好きです。『天才柳沢教授の生活』はモンゴル編があるので、前にモンゴルに行った時に現地の人に渡しました。内容を説明したら「すごい」って言っていました(笑)。それと、やっぱりよしながふみ先生は神だと思っています。『愛すべき娘たち』や『大奥』など、どれも好きです。
アニメはそんなにたくさんは観ていないんですけれど、帰国したら実家がケーブルテレビに入っていたので、海外ドラマの合間に「ポピーザぱフォーマー」というCGアニメや、「銀河英雄伝説」なども観ました。アニメは「攻殻機動隊」も、めちゃくちゃ面白いなと思って観ていました。
それと、日本に帰ってきて、単館系の映画館がいっぱいあることにすごく感動しました。私がいたアメリカの田舎では、そんなにまんべんなく各国の映画が観られるということはなかったので、いろんな国の映画が観られる東京ってすごいなと思いました。
帰国してからは、収入もあるので単館系映画館の会員になってたくさん観ていました。映画系の会社に転職してからは、観てレポートを提出すると映画代が1000円くらいサポートしてもらえるようになったので、さらに観るようになりました。まわりもシネフィルばかりでした。
映画系の会社では、上司が長い小説好きだったんです。小説は永遠に終わらないでほしいという人で、その方から『モンテ・クリスト伯』とか『カラマーゾフの兄弟』といった大長篇を薦められて読みました。『カラマーゾフの兄弟』はアメリカの友人からも薦められていましたね。あとはイタリアに行った時から好きだった塩野七生さんの『ローマ人の物語』なども読んでいました。
それと、いしいしんじさん。書店で見つけて、すごく好きになりました。いしいさんの作品は『ぶらんこ乗り』や『麦ふみクーツェ』とか...もう全部好きです。三浦しをんさんも書店で見つけたんだったかな。直木賞を受賞された頃で、『まほろば駅前多田便利軒』が書店ですごくプッシュされていて。それが面白かったので三浦さんの過去の本も読みました。ジャケ買いしたのは森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』。中村佑介さんイラストの表紙ですよね。中村さんのイラストだったので、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのアルバムもジャケ買いしました。それと、姉が重松清さんと伊坂幸太郎さんをすごく愛していたので、それを借りて読んだりして。
――相変わらずお姉さんがよい読書ガイドだったんですね。
白尾:はい。それとこの頃から、「作家の読書道」の連載や、豊﨑由美さんと大森望さんの『文学賞メッタ斬り!』シリーズを読んで、そこから気になった本を手に取るようになりました。「作家の読書道」で三浦しをんさんが薦めていた丸山健二さんの『水の家族』や、道尾秀介さんが薦めていた連城三紀彦さんの『戻り川心中』とか。
家にあった父の本もあさるようになりました。井上靖や安部公房が結構あったかな。なぜかジョン・アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』もありました。
うちの父は、学生運動で拘留されて、未決状態で府中刑務所に収監されていたことがあったんです。前科があるわけではないです。その時に母から差し入れられた久生十蘭とかカミュなど何冊かに、府中刑務所の検印が押された本があって内容と共に印象に残ってます。この話をすると、日本だと連合赤軍のこととかと混同されて誤解されることもあるんですが、アメリカの大学でコープ仲間に話したら「ステューデント・アクティビストだ」といって英雄扱いされていました。
――映画系の会社には何年いらしたのですか。その後、ウォルト・ディズニー・ジャパンに転職されていますよね。
白尾:3年ほどでまた転職しました。映画系の会社では、作品を制作することはなく、有料放送に係る仕事をしていたんですね。やっぱり何か作りたいなと思って経産省が実験的に開いていたプロデューサー養成講座に行ったら、アニメ業界などいろんな業界の人が参加していて、「もっとコンテンツの本流のほうに行けばいいじゃん」みたいに背中を押していただいたんです。
ただ、日本の映画制作会社はほぼ開かれていないというか、経験者でないと難しくて。その点ディズニーはモバイルの日本市場が強くて、ローカライズというより日本独自でいろいろ作っていたので、それで転職してモバイルのコンテンツプロデュース業務に携わるようになりました。当時だと、ディズニーのキャラクターの壁紙や占いサービスを作ったりしていました。本当にいろいろやらせていただきました。
当時、スタジオジブリさんの海外配給とビデオ販売をディズニーがやっていたんですね。モバイルのほうも何か提案しようということになり、小さい頃からジブリ作品を見続けてきた私が担当することになったんです。それで、その時は3巻くらいまでしか読んでいなかった『ゲド戦記』を全巻読み、やっぱりすごいなと思いました。宮崎駿さんはいろんな本に精通されていて、サン=テグジュペリも愛読されているので、読んでみたらすごく好きになりました。もちろん『星の王子さま』は知っていたので、その時に読んだのは『人間の土地』とか『夜間飛行』のほうです。
――自身のパイロット体験をベースにした作品のほうですね。
白尾:「紅の豚」はここから生まれたんだな、と感激しました。それと、ジブリの方が堀田善衛さんが好きだということで、『路上の人』などを読んだらすごく面白かったです。ジブリの仕事で読書生活を充実させてもらいました。
それと、職場チームに本好きな子が多くて、教養文庫みたいなものを作っていたんです。読んで面白かった本や漫画を積み上げて、みんなで自由に借りていました。それで知ったのが辻村深月さんでした。最初に読んだのが『ぼくのメジャースプーン』。あとは絲山秋子さんの『海の仙人』があって、それを読んで、そこから辻村さんや絲山さんが好きになって、その時出ている著作をほぼすべて読みました。上橋菜穂子さんも会社の人から教えてもらいました。『精霊の守り人』シリーズや『獣の奏者』シリーズを家族全員で面白く読みました。
――ご自身で見つけた作家、作品は。
白尾:書店さんで出会って、ずっと好きなのは今村夏子さんとイーユン・リー、ミランダ・ジュライ、カズオ・イシグロ、テッド・チャン、アゴタ・クリストフです。テッド・チャンはカート・ヴォネガットを教えてくれた同僚に「これもすごいSFだよ」といって『あなたの人生の物語』を薦めた記憶があります。
今村夏子さんは『こちらあみ子』が出た時に書店でぱらぱらっと見たら止まらなくなって、そのまま買って帰りました。イーユン・リーも同じパターンで、『千年の祈り』を読んだのがきっかけです。ミランダ・ジュライは岸本佐知子さん訳の短篇集『いちばんここに似合う人』がいちばん好きです。『あなたを選んでくれるもの』も最高だし『最初の悪い男』も好きです。カズオ・イシグロは『わたしを離さないで』を最初に読んで、そこから『日の名残り』など他の作品もぜんぶ読みました。ジュンパ・ラヒリも話題だったから読むようになりましたね。『停電の夜に』がすごく好きです。
アゴタ・クリストフの『悪童日記』は「作家の読書道」にもよく出てくるし、相当いい本らしい、とはずっと思っていたんですよね。やっと読んだ時にうわーっと思いました。私の今の部屋には本棚とは別の棚に、好きな本を飾った祭壇のような場所があるんですけれど、そこに飾ってます。あの三部作は全部読んでいます。
イーユン・リーやアゴタ・クリストフ、ジュンパ・ラヒリは言語を越境して書いている人ですよね。漫画でも少年漫画と少女漫画の垣根を越えている人の作品をよく読むので、越境している人を好きになる傾向があるのかもしれません。