第274回:白尾悠さん

作家の読書道 第274回:白尾悠さん

2017年に「女による女のためのR‐18文学賞」の大賞と読者賞を受賞、翌年受賞作を含めた連作集『いまは、空しか見えない』で単行本デビューした白尾悠さん。幼い頃に自宅が図書室を開いていたこと、読書家のお姉さんの存在、大学時代のアメリカ留学、お仕事の変遷など、読書遍歴の背景には意外なエピソードがたっぷりありました!

その8「新作『魔法を描くひと』、今後の予定」 (8/8)

  • 魔法を描くひと
  • 『魔法を描くひと』
    白尾 悠
    KADOKAWA
    2,145円(税込)
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――新作の『魔法を描くひと』は、ふたつの時代が描かれます。1937年から始まるアメリカのパートでは、世界的なアニメーション会社、スタジオ・ウォレスに入社したレベッカが、男女格差のなかで苦労しつつ、同僚女性たちとかけがえのない関係を築いていく。一方、20xx年の日本では、ウォレス社の日本支社で契約社員として働く真琴が、偶然見つけたデザイン画から、知られざる女性アニメーターの存在に気づく。

白尾:私もディズニー・アート展の仕事の時にはじめてメアリー・ブレアさんという女性クリエイターの存在を知ったんです。最初はブレアさんをモデルにした小説を書きたいなと思っていたんですけれど、調べたら他にも女性たちがいたことが分かったんです。作中に書いた、1960年代に開いた展覧会の原画が日本の大学に残っていた、というのは実話です。

――レベッカとその仲間である4人の女性は、全員モデルがいるのですか。

白尾:全員主要なモデルがいて、イニシャルも一緒にしています。彼女たちがどういうふうにアニメーションに関わっていたのかは、資料に基づいています。4人でチームを組んだというのは私の創作ですが、レベッカとマリッサ、シェリルとエステルがそれぞれチームを組んでいたのは本当です。私生活やお亡くなりになった年齢など脚色したり変えたりした部分は多いですけれど、レベッカの老後のエピソードは事実です。マリッサのモデルとなったメアリー・ブレアさんの半生に関しては、わりと日本語訳の本も出ています。
レベッカの同僚のアレックスという男性にもモデルがいます。性格は私の創作ですけれど、21世紀になるまでディズニーの正史から弾かれていたグーフィーの生みの親がいるんです。彼が部下たちに対して給与の補填をしたり、ストライキでリーダーシップをとっていたのも本当です。

――レベッカたちがアニメーションを制作していく過程も面白かったです。登場する映画も、だいたい「あれのことかな」と分かりますよね。作中に出てくる「シンフォニア」は「ファンタジア」のことかなあ、とか。

白尾:映像でいうと、ディズニー100周年記念の映画「ウィッシュ」と同時公開の短編で、壁に飾られた写真のなかにレベッカのモデルとなったレッタ・スコットさんの写真もあるんです。オリジナルの英語版はYouTubeで無料配信されているので、ぜひ観てみてほしいです。

――観ます! レベッカのパートでは当時のレイオフ問題や赤狩りのことも描かれますね。一方、真琴のパートでは非正規雇用のため立場が複雑なことも描かれる。それぞれの時代、それぞれの場所で、働くことに対する思いが分かる。真琴が、苦手だった正社員の同僚女性と少しずつ相互理解を深めていく様子も、ものすごくよかったです。

白尾:最初は、真琴はあくまでも狂言回しとして考えていたんです。でもレベッカのパートに労働問題も出てくるし、自分が非正規だった頃のこともあるので、そういうことも書かなきゃと思いました。現代パートには全然モデルはいないんですけれど。

――白尾さんの作品は、なかなか声を拾ってもらえない立場にいる人たちが登場することが多いと思うのですが、それは自然とそうなるんですか。

白尾:やっぱり昔から母の影響があったので、女性問題などは内面化しているんだろうなと思います。それ以外でも、差別問題とか性加害の問題など、自分が怒りをおぼえていること、疑問を抱いていることは多いです。それらの疑問が完全に解決することはないので、書き続けるんだろうと思います。

――今後の刊行予定はいかがですか。

白尾:いま書いているのは「小説新潮」の「羽根は、青」という連載で、渋谷のホームレス女性殺人事件から少し材を取っているんですけれど、女性差別問題と非正規雇用の問題と、男性問題などを男性と女性それぞれの視点から書いています。ある意味みんな犯人捜しをしているんですが、ミステリではないです。ほぼ終盤にきているので、はやめに本にまとめたいなと思っています。

(了)