その1「自宅が図書室を開いていた」 (1/8)
――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
白尾:就学する前は神奈川県の横浜市に住んでいたのですが、実家が市立の図書館から長期で本を借りて、図書室を作って近所の子供たちに開放していたんです。近所に図書館のない地域でそういう試みがあったんです。家の中に本がたくさんある部屋があって、そのなかで私がすごく好きだったのは、シャーロット・ゾロトウの『ねえさんといもうと』という本でした。お姉さんが世話を焼いてくれて、探してほしくて隠れちゃったりする話なんですが、私にも姉が二人いるので「これは私の話かな」と思って。図書館から借りた本だというのは分かっていたんですけれど、あまりに好きだったので、私、その本に自分の名前を書いちゃったんです。たぶん、親が弁償したと思うんですけれど...。
――ご自宅に、近所の子供たちが自由に出入りできる部屋があったということですか。
白尾:そうです。当時住んでいたのは、もともとお米屋さんだった建物でお店のような作りで、玄関から入るとすぐ部屋があったんです。そこを図書室にしていました。家族の友人の方が図書カードの管理など貸し出しの仕事をしてくれて、子供たちはいつでも利用できる状態でした。庭に桃の木があったので、「ももの木文庫」という名前でした。
――図書館から借りる本はどなたが選んでいたのですか。
白尾:自分たちです。家族総出で大きな図書館に行っていた記憶があります。貸出期間は3か月くらいだったと思いますが、いちばん上の姉が読書家で、毎回自分の好きな本をたくさん借りては貸出期間内で読破していました。それを見ていたので私は逆に「お姉ちゃんみたいには読めない」と、読書コンプレックスみたいなものがありました。
――お姉さんたちとは何歳違いなのですか。
白尾:ちょうど3歳ずつ離れています。私はいちばん上の姉の本棚から選んで本を読むことが多かったですね。それと、うちの父は広島で被爆しているので、家には原爆関連の本が多くありました。私が最初に読んだ漫画は『はだしのゲン』です。母が丸木俊さんにサインをもらった『ひろしまのピカ』の絵本もありましたし、原爆資料館にも行ったので、3、4歳の頃にはもう、そういうことがあったと知っていました。
――お母さんが丸木俊さんのサインをもらったというのは...。
白尾:母が丸木さんのサイン会か講演会かに行ったんだと思います。ほかに『ごんぎつね』の、いもとようこさんのサイン本もありました。当時母は非正規の教師で、父も塾を運営していて、どちらも教育者だったんです。
私は絵の方に興味があったので、それで本を選んでいるところがありましたね。岩崎ちひろさんの本が大好きでした。『モチモチの木』の滝平二郎さんの切り絵も好きでした。それと、安野光雅さんの『旅の絵本』のシリーズが好きで、小学生の頃は絵を眺めながら勝手にお話を作っていました。
――『旅の絵本』は文字が一切なくて、旅人が訪ねるいろんな町の光景がすごく細かく描かれているんですよね。
白尾:有名な絵画のシーンが描きこまれていたりするんですよね。あとは『さかさま』。エッシャーの絵がモチーフだということは大きくなってから気づきました。見れば見るほど発見がある絵本でした。
――絵がお好きだったということは、自分でも描いていたのですか。
白尾:ずっと描いていました。一番目上の姉が読書好きで勉強家で、二番目の姉が運動が得意で、私は絵が得意だったんです。でも、あまりインドアな子供ではなかったですね。かなり活発でした。二番目の姉ほどではないけれど私も運動は得意で、保育園に通っていた頃は「番長」と言われていたんです。ケンカが強かったので。
――白尾さんが、ですか? ふんわりお優しい雰囲気なので想像できないんですが。
白尾:体が大きかったので。友達をいじめたら許さない、という感じで、ジャイアンみたいな子とタイマンはってました(笑)。
うちは横浜といっても隅っこのほうで、近所に雑木林や丘がありました。小さな崖のような傾斜があるところの木にロープをつるしてターザンごっこもやっていました。今考えると結構危ないですね。
私は勝手にどこにでも行ってしまう子供で、朝起きたら私がベッドにいなくて家族を驚かせたことも何回かあったそうです。朝から勝手に出掛けて、丘をふたつ越えて姉の友達の家に行って、朝ごはんを食べさせてもらったりして。向こうの家もしかたなくだったと思うんですけれど...。今でも、丘なりの町を見るとワクワクします。「坂の上になにがあるんだろう」という気持ちになります。
――その町にはいつまでいらしたんですか。
白尾:私が小学校に上がるタイミングで東京に引っ越しました。そこが高級住宅地のそばで、公立小学校に行ったんですが、小学校受験をしたけれど国立の受験はくじ引きで落ちたからこの学校に来ました、みたいな子が多くいたんです。みんな勉強もできるし、本も読めるし、それですごく萎縮しちゃった記憶があります。
――番長と呼ばれる感じではなくなったわけですか。
白尾:最初は萎縮しちゃたんですけれど、勘所をつかめば勉強も運動もできたし相変わらず体は大きかったので、やっぱり自分の友達を守る、みたいなところはありました。いちばん上の姉は中学校に入るタイミング、私は小学校に入るタイミングでの引っ越しだったんですが、気が弱い二番目の姉だけ転校生で、同級生からからかわれたんです。受験もしていないし塾にも行っていないなんて、みたいな感じで。それで代わりに私が怒って姉が止めに入るということがありました。私は1年生で、相手は4年生なので取っ組み合いはしませんでした。でもまあ、同級生はわりとボコっていました。得意技は往復ビンタと跳び蹴りでした。
――ぜんっぜん想像できません(笑)。
白尾:1年生から3年生まで体操を習っていて、バク転もできたので跳び蹴りは余裕でした。まわし蹴りもできます。
――(笑)。そんな小学生時代の読書生活はいかがでしたか。
白尾:姉の本棚にあるものを読むことが多かったです。『エルマーのぼうけん』とか、柏葉幸子さんの『霧のむこうのふしぎな町』とか。佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国』から始まるコロボックルのシリーズも大好きでした。姉はSFが好きで、新井素子さんのことが死ぬほど好きで揃えていたので、それを私もつまんで読んでいました。
母の薦めで灰谷健次郎さんの『太陽の子』や、松谷みよ子さんの『ふたりのイーダ』といった、戦争の話も読みました。
それと、『くるみ割り人形』の絵本を買ってもらったんですが、それがサンリオの人形映画の絵本版だったんです。なので絵ではなくて人形の写真が載っていました。あとで知ったんですけれど、寺山修司の翻案をもとにした脚本なんですよね。寺山は途中で映画の制作からは降りたようなんですが。可愛くてきれいな世界というよりは寺山風味が入ったダークな内容で、それがすごく好きでした。
――漫画も相当読まれたそうですね。
白尾:姉が、当時オタクのはしりだったんです。「風の谷のナウシカ」も映画館に観に行っていて、家にはナウシカと佐々木淳子さんの『那由他』のポスターが貼ってありました。姉は少女漫画も少年漫画もまんべんなく読んでいて、その影響で私も新谷かおるさんはだいたい読んでいます。『エリア88』とか『ファントム無頼』とか『ふたり鷹』とか。『キャッツ・アイ』などの北条司さんの漫画や、『スケバン刑事』や『超少女明日香』といった和田慎二さんの漫画も読んでいました。それと、日渡早紀さんの作品。『ぼくの地球を守って』が有名ですけれど、姉がデビュー作から追いかけていたので、私もいろいろ読みました。日渡さんや『エイリアン通り』の成田美名子さんは姉から教わりました。
自分で見つけた漫画は、清水玲子さんの『竜の眠る星』や佐々木淳子さんの『ダークグリーン』といったSF漫画や、篠原千絵さんの『闇のパープル・アイ』ですね。
母も漫画が好きだったので、『ベルサイユのばら』とか『ガラスの仮面』とかは小さい頃から読んでいました。友達のお姉さんの漫画もよく読ませてもらって、それで高橋留美子さんや山岸涼子さんを知りました。
両親が共働きだったので児童館の学童クラブに入っていたんですが、そこに寄付された漫画がいっぱいあって、萩尾望都さんの『ポーの一族』とか、『三つ目がとおる』などの手塚治虫作品を読んでいました。
――好きな作品の傾向はありましたか。
白尾:漫画では絵がすごく大事でした。清水玲子さんの絵はもう感激したんですよね。デビュー作からまんべんなく美しかったし、お話も面白くて。いわゆるブロマンスみたいなものに萌えるようになったのはそこからだという気がします。
それと、漫画でも小説でも、違う場所に行く話が好きでした。ここではないどこかへ行く話といえば、『霧のむこうのふしぎな町』もそうだし、佐藤さとるさんのコロボックルのシリーズは自分の隣に違う世界がある話だといえますよね。タイムスリップ系の話を読むことも多かったです。『ふたりは屋根裏部屋で』という、さとうまきこさんのタイムトラベルミステリーも好きでした。アリソン・アトリーの『時の旅人』も時を往復する少女の話で印象に残っています。
教科書に載っているもので好きな話もありました。『西風号の遭難』という、ヨットで空を飛ぶ航海術が存在するところに流れ着いてしまう話です。あとから知ったのですが、訳が村上春樹さんでした。
教科書といえば、詩も載っていて、好きでしたね。姉が谷川俊太郎さんの詩集を何冊か持っていたので、それも読みました。
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