作家の読書道 第281回:方丈貴恵さん
2019年に『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受賞しデビューを果たした方丈貴恵さん。緻密な本格ミステリにSF要素をかけ合わせたり、犯罪者御用達ホテルを舞台にしたり、アウトローな探偵役を登場させたりして楽しませてくれる、独自の作風の源泉はどこにあるのか。読書遍歴や影響を受けたものについておうかがいしました。
その2「回答が合わない子供だった」 (2/9)
――国語の授業は好きでしたか。
方丈:あんまり好きではなかったです。というのも、自分の感じ方って一般的な感じ方と少しずれているみたいで、国語の答えと合わないことが多々あったんです。なので、国語の授業を通して、私は「一般的な感じ方はこうらしい」ということを学んでいきました。おかげで、自分特有の感じ方と一般的な感じ方の両方で考える癖がつきました。
――どんなところにずれを感じていたのでしょう。
方丈:「この時に主人公はどう感じていたか」という設問って、前後の部分から読みとって答えを導き出すものですけれど、私は本能的に「この人はこう思っているに違いない」と思い込んでしまうところがあるというか。あるいは、曖昧な終わり方をしているお話について、私は主人公が救われた気持ちになっているからハッピーエンドかなと思うのに、意外とみんなはそう受け取っていない、とか。細かいところでそういうことがよくありました。
――今振り返ってみて、どんな子供だったと思いますか。活発だったのか、内気だったのか...。
方丈:喋るのも得意ではなくて、完全に内気な子供だったと思います。走るのも嫌なくらいでまったく運動はせず、インドア派でした。一人っ子だったので、本当に一人で趣味を楽しんでいるタイプでした。
――小中学生時代の読書は、ミステリ系のものが多かったのですか。
方丈:ミヒャエル・エンデの『モモ』や『はてしない物語』も小学生の頃に読んで好きでした。だいたいファンタジーかミステリ・エンターテインメント系のものばかり読んでいた子供でした。当時はまだSFが楽しめなかったんですよね。図書館でぱっと手に取って読んだものなのでタイトルも憶えていないんですけれど、子供向けのSF入門作品集を読んだら、どれもバッドエンド過ぎたんですよ。アンドロイドと人間が闘って、人間がアンドロイドに見事に騙されて、最後は自分たちの砦も崩されていく、みたいな話とか。辛すぎるよと思いました。
大人になってから改めてSFを読んで初めて、SFって鬱エンドばっかりじゃないんだという当たり前のことに気づきました。なんであの入門書は鬱エンドばかり集めていたのかと、ちょっと恨みたくなりましたが(苦笑)。
――図書館にはよく通っていたのですか。
方丈:私が小学校に入学した頃に地元の姫路に大きい図書館ができて、そこによく行っていました。〈怪盗ルパン〉のシリーズも、新潮文庫版や創元推理文庫版は買って読みましたが、ポプラ社のシリーズはその図書館で借りて読んでいました。ルパンシリーズは下手したら同じ本を5,6回......いや、学校の図書室と合わせたらもっと借りていたんじゃないかな。10回借りたものもあったかもしれません。
――読み返す時はもうストーリーも結末もわかっているから、好きなシーンを何度も楽しむ感じですか。
方丈:そんな感じですね。主人公が活躍している姿を見てほくそ笑む、みたいな。映画でも、たまにアクション映画で主人公が無双しているところを見返してニヤニヤすることってあると思うんですけれど(笑)、そういう読み方ですね。


