第281回:方丈貴恵さん

作家の読書道 第281回:方丈貴恵さん

2019年に『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受賞しデビューを果たした方丈貴恵さん。緻密な本格ミステリにSF要素をかけ合わせたり、犯罪者御用達ホテルを舞台にしたり、アウトローな探偵役を登場させたりして楽しませてくれる、独自の作風の源泉はどこにあるのか。読書遍歴や影響を受けたものについておうかがいしました。

その5「自分の好みを確立する過程」 (5/9)

  • 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 7-1)
  • 『長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 7-1)』
    レイモンド・チャンドラー,清水 俊二
    早川書房
    1,144円(税込)
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――その頃、読書記録はつけていましたか。

方丈:エクセルで読んだ本のタイトルだけリストにしたものを作っていたんですが、感想をつけていないので、見返した時に「これ読んだっけ?」となる作品が結構あります。恥ずかしながら、何年も経つと読んだ本でも細かいところを忘れてしまうタイプなんですよね。本の最初にある賛辞まで全部憶えているくらい記憶力の良い方っていらっしゃるじゃないですか。私にはそんな記憶力がないので、羨ましい限りです。

――方丈さんの作品は非常にロジカルに組み立てられていると思うんですけれど、お話をうかがっていると読者としてはいろんなタイプをお読みになっていたようですが。

方丈:大学時代はミステリについて自分の好みを確立している最中だった気がします。みなさんからお薦めいただいたものを読むのに必死で、まだ自分の中でミステリ的な自我が誕生する前段階だったような。いろんな方からの意見を聞いて、それについて悩んだり、考え込んだりを繰り返している時期だった気がします。好みが確立したのは社会人になってからかもしれないです。

――小学校時代に感じていた、人と解釈がちょっとずれている感覚はどうなりました?

方丈:その感覚はミステリ研在籍時にもありました。『長いお別れ』の感想が、みんなと全然合わなくて。私が「フィリップ・マーロウめちゃくちゃ格好いいやん」って言っても、「すかした奴だ」とか「格好つけすぎ」みたいな意見が出るので、「格好つけてないよ、この人の素だよ!」と、よく分からない反論をしていました(笑)。
ミステリのロジックでも、どの程度厳密にするかという観点で微妙にみんなとずれていた気が。当時の私が未熟だったのもあるんですけど、みんなが言う「成立しているロジック」と「成立していないロジック」の差がよく分からなかったんです。どちらも成立しているといえば成立しているし、成立していないといえば成立していない気がしてしまって。「成立している」「していない」の差はどこにあるのか悩みました。「犯人当て」で犯人を一人に絞り込んでいく過程でも、どういう限定のやり方がいいか議論するんですけれど、そこの厳密性の感覚もちょっとずつ私はずれていました。
ずれているのは子供の頃からでしたけれど、ミステリ研でも人と違うことがなんだか恥ずかしくて、「どうしよう、私」と思っていました。どうやったらみんなと同じになれるのか、めちゃくちゃ悩みました。
でも、作家になってからは、そういう違いが、その作家の色になって出てくるものだと気づきました。創作する時だけは、「普通」とか「みんなと同じ」とか気にしなくていいんだと吹っ切れたんですね。もちろん、読んで誰も理解できず楽しめないようなものはさすがに私が書きたいものとも違ってくるので、その辺りは気を遣っているんですけれど。でも、やっと自由になれた気がします。
創作は、ある程度自分の好きなようにやっていいし、自分というものを押し出してもいい。ずれとか違いとかを気にする必要もあんまりなくて、作品に詰め込みたいものは詰め込んでいい。創作のそういう自由さが私は好きなのかもしれません。

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