作家の読書道 第281回:方丈貴恵さん
2019年に『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受賞しデビューを果たした方丈貴恵さん。緻密な本格ミステリにSF要素をかけ合わせたり、犯罪者御用達ホテルを舞台にしたり、アウトローな探偵役を登場させたりして楽しませてくれる、独自の作風の源泉はどこにあるのか。読書遍歴や影響を受けたものについておうかがいしました。
その9「理想のミステリ短篇集、今推したい作品」 (9/9)

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- 『13・67 上 (文春文庫)』
- 陳 浩基,天野 健太郎
- 文藝春秋
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――方丈さんはどうやってプロットを作られているのでしょう。
方丈:短篇の場合、プロットは最後を書かずに出しています。なぜ最後を書いていないかというと、ひどい話なんですけど...プロットの時点ではトリックを決めていないからです。完全に見切り発車で書きはじめて、書きながら細かいところを考えていきます。執筆前にロジックやトリックをひとつくらい決めている時もあるけれど、だいたいその場で決めていきます。
というのも、部屋の具体的な配置や登場するものが決まってからのほうが、ロジックが組み立てやすくなることもあるので。選択肢が多すぎると漠然として決められなくて、条件が狭まってきたほうが選びやすいというか。ただし、これは執筆に時間がかかるのが難点です。
――方丈さん作品には、特殊設定とか、その場のルールや制限が結構ありますよね。
方丈:『アミュレット・ホテル』も超常現象は出てこないけれど、特殊状況的なものですよね。そのほうが書きやすいというのもありますが、そういったものがその作品の特徴になるという面も大きいですね。
私の場合、特に変わったことのない普通の舞台となると、他の作品との差別化や、その作品だけの面白さを作るのが難しく感じられます。探偵に特徴があったり、クローズドサークルとなる場所に特徴があったりしないと、独自の味を出すのは難しいですからね。私は、その独自の味のために特殊状況を使いたがるタイプです。
――デビュー後の読書生活には変化がありましたか。
方丈:少しずつ好みが変わってきている気がします。
最近の読書だと、警察小説が面白いなと思っていて。陳浩基先生の『13・67』は、あらすじを読むと香港警察の伝説の刑事クワンと弟子が難事件に挑む話だと説明されているんですけれど、実際に読んだら、そんな説明でくくれるような話ではないんですよ。意外性がすごいし、当時の香港のことも絡むし、刑事がびっくりするようなことをやっていて、その大胆さがすごく面白いなあ、と。
それと、遅ればせながら読んだ横山秀夫先生の『第三の時効』も素晴らしかった。なんという超絶技巧!、ミステリ短篇集としての完成度がすごすぎるだろう、と感じ入りました。頭の中に理想とするミステリ短篇集が何冊かあるんですけれど、その中に新たに加わりました。
――理想のミステリ短篇集には、他にどの作品があるのですか。
方丈:まず、米澤穂信先生の『満願』も、とてつもない完成度ですよね。大学時代に古い単行本版で読んだジャック・リッチーの『クライム・マシン』も、ぬけぬけとしたところがある読み心地に感銘を受けました。
それと、最近読んだ本で、個人的に推したいものがあるんです。
――ぜひ教えてください。
方丈:まず、自分が絶対好きだろうと思って読んだのが、霞流一先生の『スカーフェイク』。フィクション上の悪党を愛する身としてはこれを読まずにはいられないでしょう、という作品で、サブタイトルが「暗黒街の殺人」なんです。三つの派閥に分かれた暗黒街で不可解な殺人事件が起き、それで名を上げようとした人たちが次々に自白してくるのを、探偵が論破していく話です。普通だったら犯人は犯行を隠そうとするのに、「こういうトリックを使ったぜ」と自慢げに自白してくるコミカルさや、探偵に論破されてブチ切れたりする犯罪者が面白くて。
それと、北山猛邦先生の『神の光』がやっぱりよかったですね。表題作は日本推理作家協会賞にノミネートされた短篇で前評判もすごくて。このタイトルはきっとクイーンの『神の灯』から来ているに違いないと思って楽しみにしていたんです。消失ものばかりの短篇集と聞いていましたが、想像をはるかに上回る内容でした。さすがは北山先生、バリエーションも豊富だし、超絶技巧と大胆さと意外性がものすごくて。「そんな方向から!」と思わせる話をたくさん作っていらっしゃって、圧巻でした。最近読んだものでは、やっぱりこの二冊です。
――最近、ミステリ以外の小説は読みますか。
方丈:ミステリ以外だと、サスペンスとか。あとはちょっとだけホラーも読みましたが、ホラーは怖すぎますね。私みたいな怖がりな人が読むと、1週間ぐらい尾を引くんですよ。最近だと『近畿地方のある場所について』の単行本版を読んだら、あまりに怖くてもう何日もひきずってしまって。自分の身近にもそういうことが起きるんじゃないかって、いろいろ想像してしまうんです。今は面白そうなホラーがたくさんあるので読みたいんですけれど、読むたびに1週間ひきずると思うと...。ビビりすぎてなかなか読めていないです。
ミステリ以外の成分は、主に映画から抽出している気がします。最近の映画だと、「罪人たち」がホラーとして印象深かったですね。音楽と映像の組み合わせがいいんです。1930年代のアメリカ南部の話で、都会から帰ってきた兄弟がダンスホールを開くんですが、悪しき者たちが音楽に引き寄せられてくるシーンの作り方がめちゃくちゃうまくて。こんなふうに表現ができるんだ、と感激しました。面白かったです。
――映画ならホラーは大丈夫なんですか。
方丈:アメリカのホラー映画はあまり怖くないですから。どちらかというとスプラッター的であまり身に迫る恐怖がないし、舞台も遠くの話だと思えるので、怖くないんだと思います。
ホラー以外では「007」シリーズや、ドラマの「マンダロリアン」シリーズも好きです。最近の映画ではジェームズ・ガン監督の「スーパーマン」がよかったですね。スーパーマンといえばめちゃくちゃ善人ですが、今回の作品は仲間たちが超癖の強い性格をしていて、バランスがとれていたところも好きでした。あと、犬がすごく可愛いです。
――一日の執筆時間やルーティンは決まっていますか。
方丈:午前中は運動をしたり雑務をしたりして、だいたい昼くらいから始めて夜の11時とか12時くらいまでだらだらやっていることが多いです。でもこのやり方だと、仕事が盛り上がってくると深夜2時くらいまでやってしまって、次の朝がヘロヘロになるので、将来的には朝型に変えたいです。
――作家は運動不足になりがちですが、ちゃんと運動しているんですね。
方丈:運動せずに執筆していた頃、どんどん体の調子が悪くなって気分がすぐれない日が続いたので、少しは運動するようにしています。約1.8キロのダンベルを25分くらい振り回したり、歩いたりとか。たまにさぼっちゃいますけど。あと、執筆時は音楽でストレス発散しています。
――どんな音楽をお聴きになるんですか。
方丈:洋楽もクラシックもJポップも聴きます。最近のブームだと、映画で聴いた懐メロでしょうか。マーベル映画って印象的な戦闘シーンで懐かしの曲を使うので、そういう曲を聴いていました。「デッドプール&ウルヴァリン」の冒頭で使われるNSYNCの「Bye Bye Bye」という曲をヘビロテで聴きながら仕事をしたり、米津玄師さんとかKing Gnuさんの曲を聴いてみたりとか。改稿やゲラ作業をする時は歌詞がある曲だと集中できないので、クラシックを流したりしています。
――必ず音楽は聴いているんですね。
方丈:子供の頃から、勉強をしている時も音楽をかけっぱなしでした。当時はなぜか「第九」を大音量でかけて勉強したりしていました。常に音楽があるのが当たり前なので、あまり自覚はないですが......音楽も趣味といえば趣味かもしれません。
――さて、今後の執筆予定などはいかがですか。
方丈:まず、変わり種の探偵と助手のコンビが活躍する、新しい読み味を目指した本格ミステリの長篇があります。ちょうど今、作業が佳境に入ったところです。
あとは「オール讀物」に一篇目を掲載いただいた、科学捜査官とオカルト大好き警視の二人が推理合戦を繰り広げる、ホラー味がある警察ミステリの短篇シリーズを始めています。もともと「Xファイル」みたいな話にするつもりだったんですが、考えているうちにだいぶ変わってきて、なかなか独特のシリーズになったのではないかと思います(笑)。
それと、「GOAT」に、ブックホテルを舞台にミステリ好きの座敷童が安楽椅子探偵を務めるショートショートを書いたんですが、これもちょっと拡張させて短篇としてシリーズ化する予定です。
――すごい。シリーズものが続々と。
方丈:『アミュレット・ホテル』の第三シーズンも頑張りたいですし、『少女には向かない完全犯罪』も、編集者さんと続編の話をして...いいアイデアを求めて悩み中です。執筆が遅いので、もっと早く書けたらいいんですけれど、いろいろやっていきたいと思っています。
(了)









