作家の読書道 第281回:方丈貴恵さん
2019年に『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受賞しデビューを果たした方丈貴恵さん。緻密な本格ミステリにSF要素をかけ合わせたり、犯罪者御用達ホテルを舞台にしたり、アウトローな探偵役を登場させたりして楽しませてくれる、独自の作風の源泉はどこにあるのか。読書遍歴や影響を受けたものについておうかがいしました。
その8「人気の『アミュレット・ホテル』シリーズ」 (8/9)

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――『アミュレット・ホテル』は犯罪者御用達のホテルが舞台です。「ホテルに損害を与えない」「ホテルの敷地内で傷害・殺人事件を起こさない」というルールがあるのにさまざまな事件が発生、ホテル探偵の桐生が独自の調査に乗り出すという連作集です。これはどういう発想だったのですか。
方丈:これは「ホテル探偵」と、「犯罪者御用達のホテル」それぞれに由来があります。
ホテル探偵は、ウィリアム・アイリッシュの中篇が元になっています。私が読んだのは短篇集『裏窓』に入っていた「ただならぬ部屋」ですが、他に「913号室の謎」といった邦題でも訳されていると思います。ホテル探偵のストライカーが913号室で起きる謎に挑む話なんですけれど、ホテル探偵という存在がめちゃくちゃ魅力的で心に刻まれました。他にも、チャンドラーの短篇にホテル探偵的な仕事をしている主人公の話があるし、日本ではホテル探偵は一般的ではないですが、都筑道夫先生の作品に出てきたりしますよね。そういった作品を読んで、ホテル内で事件が起きてホテル探偵が出動する話を書きたいと前々から思っていたんです。
「犯罪者御用達のホテル」は、もう観たまんまなんですけれど、映画の「ジョン・ウィック」シリーズのコンチネンタル・ホテルのオマージュです(笑)。あのホテルは利用者のほとんどが殺し屋だった気がしますが、やはり犯罪者のためのホテルという設定が斬新でしたよね。
このふたつの設定が繋がって...犯罪者ばかりがいるホテルがあって、そこにホテル探偵がいて、その中で起きる事件を解決する話があればものすごく面白そうだと考えて、比較的軽いノリで書きはじめました。
というのも、『アミュレット・ホテル』の最初の短篇は、シリーズ化する予定もなく、読み切り短篇として書いたものだったんです。主人公の名前を桐生にしたのも「ジョン・ウィック」みたいなホテルにしたのも、ノンシリーズの予定だったからこそできたある種の『軽さ』によるものだったのかもしれません。
そうしたら当時の担当編集者が面白いとおっしゃってくださって、シリーズ化することになり、そこからはもう、綱渡りですね。毎回、必死に続きを考えていきました。
――世界観がしっかりしているし、桐生がなぜホテル探偵になったのかの背景などもちゃんと作られていたので、シリーズ化を意識されていたのかと思いました。どの短篇も推理がひっくり返る展開があり、ひねりが利いていて楽しいです。
方丈:それは意図的ですね。やっぱり最後に読者に「えっ」と驚いてもらいたくて、意外性はどの作品にも持たせようとしています。一筋縄でいかなかったり、最後にちょっとニヤリとする展開が待っていたりするものを目指しています。
――そして書き上げた連作集『アミュレット・ホテル』が好評で、このたび第二弾の『アミュレット・ワンダーランド』も刊行されました。第二弾はエンターテインメント度がパワーアップされている印象で、これもまた非常に楽しみました。
方丈:ありがとうございます。『アミュレット・ワンダーランド』では、『夕陽はかえる』や『なめくじに聞いてみろ』や、同じく都筑道夫先生の『暗殺心』の系譜を継ぐ、本格ミステリっぽい推理と、頭脳戦アクションが合わさったものをやりたいと思っていたんです。それで生まれたのが、殺し屋同士のバトルが描かれる「ようこそ殺し屋コンペへ」でした。それと、このホテルにとっての「日常の謎」も一度やりたかったので、今回の短篇集で「落とし物合戦」が書けたのもよかったです。相変わらず、毎回綱渡りですけれど。
――「殺し屋コンペ」のほかには「クライム・オブ・ザ・イヤー」の表彰があったりYouTuberならぬ「シン(sin=罪)・チューバー」がいたりと、犯罪業界の設定が面白くて。
方丈:作中の登場人物たちは大真面目にやっているんですけれど、傍から見たら「なんだこれ?」と思えるような世界観にしようと思って。ちょっとふざけた洋画作品のノリみたいなのものを取り込む感覚で作りました。
――これからもシリーズが続いてほしいなと思うのですが。
方丈:頑張って書いていきたいなと思っています。この先、味変にどのような新しい要素を入れるか検討中です......なんか、いきあたりばったり感がすごすぎますね(苦笑)。
――桐生以外のキャラクターもしっかり作られている印象だったので、いきあたりばったりとは思ってなかったです。ホテルのオーナーとか、医者とか、従業員の水田とか。
方丈:どんどん設定を書き足していく感じで進めました。水田も、一作目を書いた時は細かい生い立ちまで決まっていなかったんですけれど、「水田がどんな過去を持っているのか気になる」という感想が聞こえてきたので、「ようこそ殺し屋コンペへ」は水田メインの話にすると決めて、「水田はこんな人だよね」と、ノリノリで書きました(笑)。
――他にも、途中から登場してレギュラーになっていくキャラクターもいますよね。
方丈:そうなんです。癖の強いややこしそうな人もどんどん増えていますが、まだまだキャラクターを足していけると思うので、シリーズ第三弾も頑張っていきます。
――竜泉家のシリーズとアミュレット・ホテルのシリーズはテイストは全然違うけれど、方丈さんの代表シリーズとなっていきそうですね。
方丈:『アミュレット・ホテル』シリーズはおかげさまで好評で、文庫でも読んでいただけているようで本当に嬉しいです。読み切りだと思って軽いノリで書きはじめたのが、逆に良かったんだなと思います。もしも最初からシリーズ化すると言われていたら変に気負って、あの軽い味が出ていなかったかもしれません。


