作家の読書道 第281回:方丈貴恵さん
2019年に『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受賞しデビューを果たした方丈貴恵さん。緻密な本格ミステリにSF要素をかけ合わせたり、犯罪者御用達ホテルを舞台にしたり、アウトローな探偵役を登場させたりして楽しませてくれる、独自の作風の源泉はどこにあるのか。読書遍歴や影響を受けたものについておうかがいしました。
その7「プラスアルファのある本格が好き」 (7/9)
――小説の好みはどんなふうに確立してきたのですか。
方丈:もともとアクション映画が好きなので、小説も、展開にダイナミックさがある作品が好きだということは、『夕陽はかえる』や『なめくじに聞いてみろ』を読んだあたりで自覚しました。それと、ジョン・スラデックの『見えないグリーン』やニコラス・ブレイクの『野獣死すべし』のような話も好きで。スラデックは『蒸気駆動の少年』のようなユーモアが印象的な、ちょっとナンセンスなSFを書いてらっしゃる方です。ナンセンスを書くためには、ものすごいセンスが必要になるので真似はできないけれど、ああいう方向性もいいなと思って憧れます。『見えないグリーン』は比較的真面目だと思いますが、クスッと笑える感じの作品ではあるんです。センスがない自分が書くと爆死しそうで怖いですが、いつかああいうユーモラスな作品も書いてみたいです。
『野獣死すべし』は、こんなに盛り上がるサスペンスがあるんだと驚かされました。なぜそう感じたのか自分でもまだ分析しきれていないんですけれども、こういうサスペンスを書きたいという欲求が駆り立てられました。
このあたりの時期に、典型的な本格ミステリというより、ちょっとずれたところにあるもののほうが好きだと気づいたのかもしれないですね。本格ミステリでもサスペンス度を上げてある作品とか、独特のナンセンスユーモアを入れ込んでいるとか。本格ミステリ的な要素と、そうではない何か別の要素の両方があると二度美味しいですよね? そういう作品が好きみたいです。
もちろん、どの本格ミステリにもそういう要素はあるんですけれど、それがより濃く感じられるものがいいですね。
――その頃、ご自身でも本格的に小説を書き始めていたのですか。
方丈:大学卒業が2007年で、その4年後くらいに新人賞の応募を始めたっぽいんですよね。だから2010年の終わりか2011年くらいから書き始めていたようです。
ミステリ研在籍時も社会人になってからもずっと、「面白いミステリってなんだろう」と考え続けていたんですよね。卒業して4年経ってもまだそれを思い悩んでいたというか、むしろその気持ちが大きくなっていて。読めば読むほどいろんな可能性がある気がして、自分でも書いてみたくなってきたんだと思います。たぶん、好みが確立されてきて、「こういうミステリがあってもいいんじゃないか」という形が自分の中ではっきりしてきた、ということかなと。
京大ミステリ研に所属していた人って、たまに「自分には本格ミステリは書けない」という呪い的なものにかかることがあるみたいです。在籍時にみんなの議論を聞いているうちに本格ミステリに対する理想が高くなりすぎて、自分の実力ではそこに到達できない、故に自分に本格ミステリは書けない、と委縮しちゃうという。私もそうで、最初は本格ミステリではなく、もうちょっと一般的なミステリを書いていたんですね。そうしたら知り合いに、「たぶん本格ミステリに向いていると思うよ」「鮎川哲也賞が向いていると思う」と言っていただいて。それで急に吹っ切れて、思い切り愉快な本格ミステリを書こうという気持ちになったんですよね。それで、「遠い星からやって来た探偵」という、かなり振り切った作品を書いて応募したら、最終候補に残ったんです。
――「遠い星からやって来た探偵」はどんな内容だったのですか。
方丈:宇宙から探偵を名乗る宇宙人がやってくるわ、地球規模の危機は訪れるわ...という、ある意味ぶっ飛んだ本格ミステリでした。自分も応募した後で「本当に大丈夫だったかな」と不安になったほどでした。でも、本格ミステリは私が想像していた以上に懐が広くて最終選考まで残していただきまして。それで、もっと頑張れば受賞も目指せるのではないかと考えるようになり、次の年に『時空旅行者の砂時計』を書いて受賞に至りました。
――鮎川哲也賞受賞作の『時空旅行者の砂時計』の主人公の加茂は、病床の妻を救うため、彼女の一族、竜泉家が過去に見舞われた「死野の惨劇」の真相を解明すべく1960年代にタイムトラベルする。そこでは、陸の孤島となった屋敷の中で次々と不可解な出来事が発生。SFの要素を盛り込んだクローズドサークルの館もので、読者への挑戦状もあります。
方丈:本格ミステリにプラスアルファがある作品が好きだったんですけれど、プラスアルファが強い作品ほど、本格味が弱くなる傾向がある気がして。なので、とことん本格度は高いままで、そこに他の要素もたっぷり入った作品があると面白いんじゃないかと考えたんです。それで、今回は本格とタイムトラベルを組み合わせてみよう、って。
――本格ミステリの部分もタイムトラベルの条件やパラドックスも、ものすごく丁寧に検証して組み立てられていますよね。
方丈:本人は書きながら脳が爆発しかけてました(笑)。古典SFを読んだ時に感じた面白さを組み込みたくて、自分なりに頑張って詰め込んだのがデビュー作ですね。とはいえ、筆力的に限界があって、古典SFの面白さは再現できていないのですが。本格ミステリ部分ももっと面白くできるはずなんですけれど、やっぱりまだまだでしたね。
私の場合、「こんなミステリがあってもいいんじゃないか」という軽いノリで執筆を始めることが多いんですよね。で、書き始めてから、「これ、情報量的にも複雑さという意味でもえらいことになるぞ」と気づくんですけれど、走り出したら止まれないので突き進むしかない。毎回、「こんなはずじゃなかった」と言いながら書いてます(笑)。
――受賞は2019年ですよね。さきほど、会社は9年勤められたとのことでしたが。
方丈:デビューする3年くらい前に会社を辞めて、地元に戻ったんです。祖父母が高齢になってきた関係もあり、早いうちに地元で仕事を見つけるのがベストかなと思ったんですよね。でも、次の就職先を見つける前に、せっかく時間もできたし、ちょっと応募を真剣にやろうかなと思って書き始めたら、その間に家族が大病を患ったこともあり働きだす機会を失い、ズルズルしているうちにデビューが決まった感じです。
――デビュー作をシリーズ化する計画は最初から頭にあったのですか。『孤島の来訪者』、『名探偵に甘美なる死を』という続篇が出ていますよね。
方丈:デビューした時はなかったですね。でも、シリーズにしたほうが読者も読みやすいかなと思い、そうしました。
「アサシン クリード」シリーズというゲームがあるんですけれど、あれはDNAの中にある先祖の記憶を読み取る機械を使って、先祖の記憶を追体験する話なんです。なので、主人公も毎回変えられるし、時代も場所も自由に変えられる。ルネサンス期の話もあればアメリカ独立戦争時代の話もあるし、海賊が出てきたりもする...。
イギリスのドラマの「ドクター・フー」も、主人公が定期的に身体を作り変えて外見が別人になる設定があって、俳優は変わるけれど何事もなかったように同一人物という設定のまま話が進むんです。シリーズのあり方として面白いですよね。
こういった大胆なシリーズの続け方があるのなら、『時空旅行者の砂時計』もシリーズ化できるかもしれないと思って。それで、毎回竜泉家の人が大変な事態に巻き込まれ、マイスター・ホラからの読者への挑戦がお約束となる、シリーズができ上がりました。
――竜泉家のシリーズはどれもクローズドサークルの要素がありますね。
方丈:特に意識していなかったんですけれど、このシリーズではとことん濃度が高い本格ミステリをやりたくて。そうするといちばん盛り上げやすいのが、やっぱりクローズドサークルなんですよね。なので結果的に三作ともクローズドサークルものになりました。犯人を限定するときに、全世界の誰でもありうるとなるとロジックを立てにくい時もあるのですが、クローズドサークルだとやりやすいんですよね。
――このシリーズは今後も続くのですか。
方丈:しばらくお休みになりそうですが、またいい特殊設定を思いついて書けたらなと思っています。その反動もあり、『少女には向かない完全犯罪』ではあえて、クローズドサークルではない話にしました。
――『少女には向かない完全犯罪』は、両親を殺されて復讐を誓う小学生の少女、音葉と、幽霊となった青年、黒羽のバディもの。刊行時にインタビューした時、映画の「レオン」の影響があるとおっしゃっていました。それと、タイトルはP・D・ジェイムズの『女には向かない職業』を思い起こさせますが、桜庭一樹さんの『少女には向かない職業』の影響だそうですね。
方丈:そうなんです。やっぱり映画は強く影響を受けますよね。映画業界って心を惹きつける設定を作るのがめちゃくちゃうまい人が多いんでしょうね。
それから、桜庭一樹先生の『少女には向かない職業』というタイトルが、ものすごく印象的で頭に残っていたんです。桜庭先生の作品のあの雰囲気は私の技量ではとても真似できないので畏れ多いですが、あのタイトルは『少女には向かない職業』のオマージュです。
――音葉が「レオン」のマチルダのように聡明で大人っぽくて、黒羽との会話が面白いですよね。その黒羽は、七日後には消える運命の幽霊。彼は生前、完全犯罪請負人だったという。この職業の設定も面白かったです。
方丈:私が書くものは、だいたい悪いことをする人が主人公という傾向が強いですよね。『時空旅行者の砂時計』の加茂は一歩間違えると闇落ちして大犯罪者になってしまう人だし、『孤島の来訪者』の主人公の竜泉佑樹は最初から復讐する気満々だし。
『アミュレット・ホテル』も犯罪者ばかりです。








