その1「作中の小道具が好きだった」 (1/9)

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――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
嶋津:おそらく偕成社の本だと思うんですけれど、少女名作シリーズです。姉と共用で本はわりと買ってもらえたので、家にそのシリーズがある程度そろっていたんですね。そのなかで表紙が可愛らしいものが気になって、『赤毛のアン』や『ひみつの花園』などを読んだ記憶があります。
伝記も何冊か家にあって、『キュリー夫人』や『ヘレン・ケラー』など女性の伝記を好んで読んでいました。そのなかのどれかが、たぶん最初の読書だと思います。
中身をおぼえているのは、『キュリー夫人』と、あと『風にのってきたメアリー・ポピンズ』です。私は小説の中に出てくるグッズというか、小道具が好きで。メアリー・ポピンズが持っている鞄にいろんなものが入っているところとか、おばあさんが指を折ったら飴になった、というところにすごく憧れました。キュリー夫人は化学者なので、フラスコや薬品を駆使する描写が好きでした。そういえば、『赤毛のアン』のいちご水も異様に気になっていました。
――お姉さんとはいくつ違いなのですか。
嶋津:2学年違いです。姉が買ってもらった本を私も読んでいたので、姉の影響はかなり受けています。漫画も、たしか姉が「なかよし」で、私は「りぼん」を買ってもらって互いに貸しあっていました。「りぼん」は大人っぽい気がして、本当は「なかよし」のほうがよかったんですけれど、長女に取られました(笑)。
――どんな漫画が連載されていた頃でしょう。「なかよし」は『キャンディ・キャンディ』が大人気だった頃ですよね。
嶋津:「なかよし」は他に『おはよう!スパンク』とか。「りぼん」は一条ゆかりさんや弓月光さんの連載がありました。4コマ漫画の『キノコ・キノコ』とか。
スポーツ少女漫画も好きでした。バレーボールの『アタックNo.1』やテニスの『エースをねらえ!』もよく読んでいました。オカルトチックな漫画も好きで、『悪魔の花嫁』や『エコエコアザラク』、『死者のくに』なども。『死者のくに』は死後の世界を描いた漫画だったので、親は心配していたようです。死後の世界をうっかり覗きに行ってしまうんじゃないか、と...。
――『エコエコアザラク』などは結構怖かった記憶がありますが、嶋津さんは怖がりではなかったんですね。
嶋津:そうですね。お化け屋敷とかも全然大丈夫でした。
――学校の図書室はよく利用していましたか。
嶋津:学校の図書室で読んだ本で唯一おぼえているのが、絵本の『モチモチの木』です。切り絵の表紙がちょっと怖いんですけれど、読んだら面白かった記憶があります。でも絵本は意外と読んでいないかもしれないです。多くの人が読んだであろう『ぐりとぐら』も、表紙が気になりつつも読みませんでした。
――ご自身でお話を考えたり、落書きで漫画を描いたり、ということはありましたか。
嶋津:はい。子供の頃は、大人がハッとするくらい絵が上手かったんですよ。絵の教室も通っていて、大人に「真剣にやってみたほうがいいんじゃないか」と言われるくらいでした。漫画も描いていましたが、自分では物語を考えられなくて、既存の漫画の真似ばかりしていました。『翔んでるルーキー!』というバレーボール部の漫画の絵をよく真似していました。
似顔絵を描くのもわりと好きでした。昔、芸能人ゲストの家族がまず出てきて、その人が家族である芸能人の顔の特徴を言って南伸介さんが似顔絵を書き、ゲストを当てる、というテレビ番組があったんです(「お笑いオンステージ」の「減点パパ(減点ファミリー)」のコーナー)。その真似をして、テレビに藁半紙を貼ってリアルなおじさんの絵を描く、というひとり遊びが好きでした。でも祖父に見られて「上手だね」と言われるともう恥ずかしくて、バリっとはがしてやめてしまう内気な子供でした。
絵が上手かったのは中学生くらいまでで、高校の授業でデッサンなど小難しいものをやるようになったら普通の人になっていました。小学生の頃は子供が使う濃い水彩絵の具で油絵っぽい絵を描いたりしていたんですけれど、いわゆるデッサンに色をのせる薄い水彩になったら全然上手くなくて。
――将来漫画家、あるいは画家になりたいと思いませんでしたか。
嶋津:漫画家が将来の夢でした。中学生の時だったか、一回だけ「花とゆめ」に投稿したことがあります。ストーリーはラブコメだったような気がしますが、たいした話ではなかったと思います。本当に拙いものでした。
――文章を書くことはいかがでしたか。作文とか読書感想文とか。
嶋津:嫌いではなかったんですけれど、そんなに上手くもなかったです。よく憶えているのが、小学生の時に『キュリー夫人』の読書感想文を書いたら、授業で取り上げられて先生に読まれたんですけれど、その先生が笑いをとるタイプの先生で、「キュリー夫人? なんだ、キュウリか?」みたいなことを言って、からかわれたんです。それですごく嫌になっちゃって。真面目に書いても笑われちゃうんだなって、そこでやる気を失くしたように思います。
――内気だったそうですが、やはり学校ではおとなしいほうでしたか。
嶋津:それがそうでもなかったんです。だぶん、大人から見るとおとなしい子供だったんですけれど、子供の間では楽しくやっていました。人前で目立つことをするというより、小声が届く範囲にいるごく少人数をくすくす笑わせるのが好きでした。小学校の卒業文集に「うちのクラスの〇〇な人」みたいなアンケートのページがあって、「うちのクラスの面白い人」という部門で私は男子を抑えてトップに選ばれました。大人はみんな「あのおとなしい子が?」と意外だったと思います。
――洒落のきいたことをぼそっと言う感じですか。
嶋津:はい。ぼそぼそと、皮肉とかを言っていたんだと思います。
――嶋津さんの作品はそこはかとなく漂うユーモアも魅力ですが、子供の頃からそうだったのか、と腑に落ちました。
嶋津:当時から派手な笑いではないものを好んでいたように思います。
――お笑いはお好きでしたか。
嶋津:当時見ていたのはドリフくらいでした。「ひょうきん族」は大人っぽくて分からなかった。あとは欽ちゃんですね。萩本欽一さんのレギュラー番組が週に3つくらいあった時で、どれも面白く見ていました。今はお笑いがすごく好きです。








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