作家の読書道 第285回:嶋津輝さん
40代になってから小説教室に通ってデビューを果たし、単行本3作目の『カフェーの帰り道』で直木賞を受賞した嶋津輝さん。市井の人々の日常を、ユーモアを交えて描く筆致の源泉はどこにあるのか。その読書遍歴や昭和好きになったきっかけ、デビューにいたる経緯などたっぷりうかがいました。
その4「ノーベル文学賞作家を読む」 (4/9)
――就活は、どういう方面を希望されたのですか。
嶋津:車載音響メーカーに就職しました。勉強しないわりに総合職にはこだわったんですね。四大卒の女子は総合職で採るという、カーオーディオやカーナビゲーションを扱う会社に入りました。
――これまでのお話を聞いていると心配になるんですが、会社は遅刻しませんでしたか...?(笑)
嶋津:ぎりぎりでした(笑)。時代を感じるんですけれど、当時、女子は制服だったんですね。2人でひとつのロッカーを使うんですけれど、朝は慌てて服を丸めて投げいれていたので、一緒に使っている人は嫌だったと思います。その会社で6年くらい働いて、寿退社しました。
――その6年の間の読書生活といいますと。
嶋津:私が25歳くらいの時に大江健三郎さんがノーベル文学賞を獲って大きな話題になったんです。それで大江健三郎を何冊か読みましたが、面白いと思うものとわからないものがありました。
『セヴンティーン』は面白かったですね。読んでいてなぜかほろりときました。初期の短篇は比較的読みやすかったですが、『万延元年のフットボール』あたりは難しくて、ちょっと怖かった。
そこから、ノーベル文学賞作家に移っていきました。スタインベックの『怒りの葡萄』とかを読んでいくなかで、ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』がすごく面白く、ロシア文学に移っていきました。
――ロシア文学は、どこが面白いと感じたのでしょう。
嶋津:お洒落っぽさがなくて、心情をネチネチと、惨めったらしく書いているようなところ、格好よく見せようとしないところに惹かれました。アメリカ文学だと作家によってはカラっとしていて洒落ていると私は感じていたんですけれど、ロシア文学はしつこい感じがあって。トルストイは『アンナ・カレーニナ』から入ってあまりピンとこず、ドストエフスキーに移ったら、まず『罪と罰』がエンタメみたいに面白くて。それと、『カラマーゾフの兄弟』の長男のミーチャの、あのエモーショナルな感じが愛しくて、私にとってはベスト・オブ・キャラクターでした。宗教的なことはよく分からなかったんですけれど、キャラクターが面白くて『カラマーゾフの兄弟』も3回は読んだと思います。
――会社勤めされながらあの大長篇を読むのって、結構とぎれとぎれになるし、登場人物多くて名前が分からなくなったりするんじゃないかと思うのですが、大丈夫でしたか。
嶋津:今は厳しいと思うんですけれど、当時は大丈夫でした。たぶん、体力があったからかなと。通勤で山手線に結構長い時間乗っていたので、その間に読んでいました。
――退社された後の読書生活はいかがでしたか。
嶋津:いきなり結婚生活がうまくいかなくて、その頃は森瑤子さんのエッセイをひたすら読んでいました。当時は森さんのエッセイが書店にたくさん並んでいたんですよね。森さんもデビュー前に主婦として鬱屈した気持ちを抱えていた時期があったみたいで、読んでみたらすごく沁みました。結婚生活は3年もちませんでした。
――お別れされた時にはお仕事に復帰されていたのですか。
嶋津:復帰していました。会計事務所で働きだしていて、そのまま税理士の資格の勉強を始めました。一人になったことだし、自立するために資格を取ろうと思って。
――働きながら税理士の資格の勉強をするのは大変ではなかったですか。
嶋津:難易度というより、結構な量を暗記しなくちゃいけないので時間がかかるんですよね。最近の税理士試験のデータは分からないんですけれど、当時は全国でも1年目で合格した人はいなくて、最低でも2年かかると言われていました。ただ私は仕事がすごく楽だったので、勉強するにはいい環境でした。
――趣味で読書する時間はなさそうですね。
嶋津:その時期はそうですね。息抜きに小説ではない、軽いものを読んでいました。一人暮らしを始めた頃は宝島社に傾倒していて。まず日常生活の中で見つけた可笑しなものの投稿を集めた『VOW』が好きでした。それと、馬券は買わないけれど競馬が好きだったので、『別冊宝島 競馬読本』のシリーズもよく見ていました。
――テレビで競馬中継を見たりしていたのですか。
嶋津:はい。正座して見てました。
――スポーツ観戦のような感覚ですか。あの馬を応援したい、とか。
嶋津:ドラマ的なものを求めて、好きな馬を熱心に応援していました。いちばん好きだったのはナリタブライアン。クラシック三冠馬になった馬で、夢中になって、競馬場で行われた引退式にも一人で行くくらいでした。前泊で近くの友達の家に泊めてもらって、いい場所で観られるように開門前から並んで。ナリタブライアンは8歳くらいで早世してしまったので種馬としても2期しか過ごせなくて。死んじゃった時はものすごくショックで、その日のスポーツ新聞を全部買いました。
――嶋津さんの短篇「スナック墓場」は女性たちが競馬場に行く話ですが、そういう体験がベースにあったのですね。他に、小説以外の本で印象に残っているものは。
嶋津:勝間和代さんの本にはまりました。私は34歳で資格を取り、30代では4回転職をしました。大きい税理士法人に入ったりして、結構キャリアアップができた時期でした。仕事も難しく、つらいと思いながらも、優れた仕事人になろうという、やる気はありました。それで勝間和代さんの年収を10倍にする、みたいな本を読んでは書いてあることを真似していました。外資系に勤め出してからは英会話教室に通ったりして。それも、本格的なベルリッツの少人数制のクラスなどに行きました。全然上手くならなかったんですけれど。
――その頃、小説は読まなかったのですか。
嶋津:姉に借りて読むことはありました。うちの姉はその時話題になっている本をきちんと買って読むタイプだったんです。小川洋子『博士の愛した数式』、リリー・フランキー『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』、ダン・ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』、宮部みゆき『模倣犯』など。その頃あまりに小説を読まな過ぎて、逆に読んだものは記憶に残っています。角田光代さんの『対岸の彼女』などもその頃読んだと思います。
どれも面白かったですよ。『模倣犯』なんて衝撃でした。今年宮部先生にお会いしたんですが、こんなに穏やかで優しそうな女性があれを書いたと思うと人間不信に陥りそうなくらい(笑)、すごい作品でした。
あとその頃は、半身浴中に有吉佐和子を読み返していました。漫画を読むように気楽にすらすら読めるので。あの細かい字の文庫を薄暗いお風呂で眼鏡をかけずに読んでいたことが、今となっては信じられないです。一応濡れないように、ブックカバー代わりにサランラップを巻いて読んでいました。











