作家の読書道 第285回:嶋津輝さん
40代になってから小説教室に通ってデビューを果たし、単行本3作目の『カフェーの帰り道』で直木賞を受賞した嶋津輝さん。市井の人々の日常を、ユーモアを交えて描く筆致の源泉はどこにあるのか。その読書遍歴や昭和好きになったきっかけ、デビューにいたる経緯などたっぷりうかがいました。
その9「最近の読書生活」 (9/9)
――その後の読書生活はいかがですか。
嶋津:朝日カルチャーセンターの根本教室のお友達と、コロナの前から7~8人で定期的に集まって読書会をしています。課題図書を順番に提案して、みんなで読むんです。後半は飲み会です。
――課題図書で印象に残った本はありますか。
嶋津:レイモンド・カーヴァーの『大聖堂』、ポール・オースターの『孤独の発明』...。『大聖堂』はすごく沁みる短篇集でした。『孤独の発明』は難しいけれど好きかもと思って、『ムーン・パレス』や『偶然の音楽』を読んでみたら、断然そちらのほうが好みでした。
――さきほどアメリカ文学は作家によって洒落た感じがあって...とおっしゃっていましたよね。オースターなんてまさに洒落ていませんか。
嶋津:そうなんです。今はこの洒落ている具合が心地よく感じるようになりました。それにオースターの書くものは信用できるというか、なんか好きなんですよね。私にはたまにそういう人がいて、たとえば日本の作家だと、自分が全然エンタメを読んでいない時でも山本文緒さんは好きだったんです。オースターは著者の人間性がにじみ出ているものが多いような気がします。山本文緒さんはまた違って、たぶん、私は山本さんの描く人間が好きなんです。
他に課題図書で印象に残ったのは、『中上健次短篇集』。中上健次は『枯木灘』と『岬』しか読んだことがなくて、どろどろしたイメージだったんですけれど、短篇集を読んだら神話的な話が多くて。早世されなければノーベル文学賞を獲られただろうと思うくらい素晴らしかったです。
それと、『大江健三郎自選短篇』も課題になって、久々に大江を読んだらやっぱり良くて、それから一年間ぐらいは大江作品ばかり読み漁っていました。『「雨の木」を聴く女たち』や『静かな生活』が特に印象に残っています。
――さきほどお名前の挙がった山本文緒さんでお好きな作品は。
嶋津:自分が小説を書き始める前に読んだのが『恋愛中毒』で、びっくりするくらい面白かったです。私は現代作家の小説をそんなに読まずにきたんですけれど、こんなに面白い小説があるのかと嬉しくなった記憶があります。『自転しながら公転する』もよかったです。途中からの展開の見事さといったら、もう、さすがです。
――読書会でご自身が出した課題図書は何だったんですか。
嶋津:最初に自信を持って出したのが、タイの作家の『観光』です。著者の名前が言いづらくて...(ラッタウット・ラープチャルーンサップ)。それを出したら、やっぱり大好評でした。2回目はエイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』で、こちらの反応は割れました。
――アフリカの作家ですよね。やし酒のみの男がやし酒造りの名人を呼び戻すために死者の町へ旅だって、次々と奇妙なものに遭遇する。
嶋津:「わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった」という冒頭からもう惹かれます。感情を排した文章も好きでした。
――『観光』や『やし酒飲み』はどのようにして見つけたのですか。
嶋津:どちらも、千駄木の往来堂書店さんで展開されていたんです。置いてある本にこだわりがある書店さんで、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』がまだ高価な単行本しかなかった頃も常に置いていたんですよ。その往来堂さんで『観光』が目立つところに置かれていたんです。帯に角田光代さんの推薦文があったんですよね。角田さんが好きだというのもあって買ってみたらすごく良かったんです。『やし酒飲み』にいたっては、店の前の立て看板に〈『やし酒飲み』入荷!〉って書いてあって。『やし酒飲み』が何なのかは分からないけれど、これは買わねばと思って買ったら、大当たりでした。
――書店にはよく行かれますか。
嶋津:往来堂さんにはちょいちょい行きます。丸の内での職務歴が長かったので、東京駅のそばの丸善丸の内本店さんにもよく行っていました。
――最近、気になる作家はどなたになりますか。
嶋津:若き現代作家でいうと今村夏子さんは全部読んでいます。まず、『こちらあみ子』の「ピクニック」という収録作品が好きなんです。なんとも魅力を形容しがたいんですが、痺れます。
――「ピクニック」はまさに女性たちがわちゃわちゃする話ですよね。それと、たしか人称が変わっていて。
嶋津:そうです、人称が「ルミたち」なんですよね。他の人が全部「たち」にまとめられている。
――考えてみたら、嶋津さんの『駐車場のねこ』って、今村夏子さん作品に通じるものがありませんか。
嶋津:好きすぎて、影響は多分に受けていると思います。『スナック墓場』の単行本が出た初期の頃に、読書メーターに「若干の今村夏子味を感じる」と書かれた人がいて、「寄せにいってるのがバレてる!」と思ったのを憶えています。でも、その人しか書いていなかったから、今はもうそんなに今村夏子味はないのだろう、と思っています。
今村さんの『むらさきのスカートの女』の文庫巻末に芥川賞の受賞エッセイが収録されていて、選考会当日の待機会の様子が書かれているんですよ。交通会館の上の回るレストランで結果を待っている様子が面白くて、私も直木賞の待機会はそこでしたいと思ったんですけれど、その日は貸し切りで、しかもそのレストランは今は回っていなくて。それで、T塚さんと作品の打ち合わせした老舗カフェー、パウリスタで結果を待ちました。
あと今は、石田夏穂さんが気になります。まだデビュー作の『我が友、スミス』しか読んでいないんですけれど、他にも何冊か待機しています。
――筋トレに励む女性の話ですね。石田さんもおかしみが漂う作品を書かれる方ですよね。実は前回の「作家の読書道」にご登場いただいております。
嶋津:石田さんも硬い文体でおかしなことを書かれていて、うわ、これは好みだ、この人は追っていかねばと思っています。語彙が豊富で、言葉のチョイスもセンスに溢れてて、憧れます。
あと、木内昇さんも『かたばみ』をきっかけに大はまりして、いろいろ読んでいます。『奇のくに風土記』も素晴らしかったです。文章の完成度と人物造形のよさにため息が出るばかりです。
――1日のルーティンは決まっていますか。
嶋津:あんまりなくて。毎日コンスタントに書いているかといえば書いていない状況です。2年前に仕事を辞めて専業状態になりましたが、そのわりにはまだまだペースがつかめていません。やっぱり朝のほうがはかどるので、今、朝型にかえているところです。毎日ではないですが、なるべく朝起きて顔も洗わず、パジャマから着替えず、コーヒーも淹れずにそのままの状態である程度集中する時間を持つようにしています。
――ああ、分かります。気構えずにいきなり作業にとりかかったほうが集中できることってありますね。
嶋津:そうなんです。「やるぞ!」と思って準備しちゃうと、急にネットのタロット占いを始めたり、余計なことをやっちゃうので。
――直木賞の贈呈式のスピーチで、各社の編集者さんのほかに、家事や猫のトイレの掃除を一手に引き受けてくれた「マイラビングハズバンド」に感謝を述べられていましたね。
嶋津:大谷翔平選手がナ・リーグのMVPを獲った時のスピーチで、「マイラビングワイフ、マミコ」と仰っていたのが印象に残っていたんですね。で、なんとなくスピーチに入れてみたんですが、大谷翔平選手の真似だとは気づかれず、「旦那さんが好きなんですね」という反応でした。まあ、仲はいいのでいいんですけれど。
――猫は今、何匹飼ってらっしゃるのですか。
嶋津:今は1匹です。昔いた2匹は2年連続で旅立ってしまって。夫ももう猫を飼うことはいい、みたいな感じだったんです。そうしたら友人から猫の飼い手を探しているという連絡があって。前飼っていた猫がアメリカンショートヘアの雌とスコティッシュフォールドの雄だったんですけれど、飼い手を探している子がその2種のミックスだというんです。運命を感じてダメ元で夫に訊いてみたら、「そろそろいいかもね」と賛成してくれて、とても元気な猫がやってきました。今3歳です。
――今後のご予定を教えてください。
嶋津:おそらく次に本になるのは、「オール讀物」さんに1話目を書いた相撲部屋の話です。相撲を見るのが好きなんですよ。載ったのは相撲部屋の親方の娘さんの話で、その後は視点人物を変えながら、いま3話目を書き終わるところです。
――楽しみにしております。長時間のインタビュー、ありがとうございました。
嶋津:ありがとうございます。憧れのコーナーに出られて嬉しいです。
――なんと、光栄なお言葉...!
嶋津:「作家の読書道」は、自分が読んできた作家さんの回や、編集さんから「面白かった」と聞いた回を読んできたんです。それぞれに個性が出るし、選書が意外で面白いんですよね。気になった本をたくさん買っています。宮島未奈さん、高瀬隼子さんの回が、すごく面白かったです。
――ありがとうございます。今のお言葉もぜひ掲載させてください(笑)。
(了)





















