作家の読書道 第285回:嶋津輝さん
40代になってから小説教室に通ってデビューを果たし、単行本3作目の『カフェーの帰り道』で直木賞を受賞した嶋津輝さん。市井の人々の日常を、ユーモアを交えて描く筆致の源泉はどこにあるのか。その読書遍歴や昭和好きになったきっかけ、デビューにいたる経緯などたっぷりうかがいました。
その8「3作目で直木賞受賞」 (8/9)
――直木賞受賞作『カフェーの帰り道』は版元が東京創元社さんですが、どのようなご縁があったのですか。
嶋津:最初の短篇集を出した後、某社で短篇を何回も書き直したけれど掲載に至らず、それは諦めて『襷がけの二人』に注力していたんです。同時受賞した佐々木愛さんは他の版元でも書いているし、自分は遅れをとっているなという気持ちで悶々としていました。その時に、東京創元社のT塚さんが「冠婚葬祭のどれかをテーマに短篇を書いてください」と声をかけてくださって。自信がないまま出したら掲載になって、それが呪縛から解き放された瞬間でした。自分が「オール讀物」でしか書いたことがないというのが、結構気になっていたので。
――雑誌「紙魚の手帖」のテーマ読切企画の第一弾だったそうですね。その時に書かれたのが、創元文芸文庫の『私たちの特別な一日 冠婚葬祭アンソロジー』に収録されている「漂泊の道」ですね。
嶋津:「冠婚葬祭」のなかから私は葬儀を選びました。他の書き手の方も葬儀に殺到するんじゃないかと思ったら、結局、自分ひとりでした。
文春のM川さんと『襷がけの二人』をゆっくり書き進めている時期だったので、M川さんに「こういう依頼があって、私は葬儀にしようと思っている」と話したら、「ああ、幸田文にも『黒い裾』という葬儀の話がありますよね」とさらっと言われて。M川さんに頑張れよと押し出されるような気持ちでした。
――そして、M川さん担当の『襷がけの二人』は直木賞候補になりました。
嶋津:驚きました。人生でいちばん震えた瞬間かもしれないです。素でほっぺたをつねるということを、はじめてしました。候補入りの連絡がくるまで、文春さんの誰とも賞の話すらしたことがなかったので。
――しかも受賞は逃したものの、選考会で高評価だったという。
嶋津:それも意外でした。選考委員の方から酷評されることだけを本当に恐れていたんです。選考会で、まず河﨑秋子さんの『ともぐい』の受賞が決まり、二作目が万城目学さんの『八月の御所グラウンド』と『襷がけの二人』の決選投票になったというネット記事を見て、うわーっと思って。獲れるとはまったく思っておらず、健闘して落選するというのが自分にとってのベストの結果だったので、とても嬉しかったです。
――そして次に刊行された『カフェーの帰り道』で直木賞を受賞されました。上野のカフェーで働く女給たちの人生模様が、戦前から少しずつ時代を進めながら描かれていく。女給さんに興味はあったのですか。
嶋津:なかったんです。次の小説を書く時に、担当さんから出していただいた案の中にカフェーの女給がありました。女給のほかにお弁当工場とか、女学校などの案もあったんですが、女給なら書ける気がしまして。時代的にも好きな時代と重なりますし、女性がわちゃわちゃ働いている話を一回書いてみたいというのもあり。
――では、そこからいろいろ調べていったのですか。
嶋津:そうですね。ただ、たまたま文春のM川さんに『女給の社会史』という本をいただいたんです。女給に関する情報がまとまっていて、この本があれば書けるかもと思った、というのもあります。
――『カフェーの帰り道』は、1章ごとに時代が進み、主人公が変わっていきます。主人公像はどのように考えていかれたのですか。
嶋津:連作短篇にしましょうという話をして、最初は外からカフェーに入っていく人の視点で始めようと思いました。なので1話目は女給ではない主婦の視点にしたんですが、これがいちばん苦労しました。最初は主人公の夫が悪い人という結末になり、なんとなく納得のいかないまま出したら、やはり「ラストは後味がいいほうがいいかもしれません」という反応をいただき、私も、ほんのりしたハッピーエンドのほうが好きだなと思って書き直し、今の「稲子のカフェー」になりました。1話目は本当に手探りでした。
2話目は、しょうもない嘘をいっぱいつく人の話を思いついたんです。3話目は女給をプロデュースしようとする男が現れる話で、4話目は戦時中になって。それと、1話目を書き終えた時に、T塚さんが、女給のタイ子の息子、豪一が気になります、とおっしゃったんですね。それで、4話目は豪一を出して、二人の話に戻ることにしました。そして5話目で大団円という、大まかなの設計図を作りました。
――2話目の主人公の美登里も嘘つきですが、他に、明らかに中年なのに自分は19歳だと言い張ってカフェーで働きはじめる園子さんという人が登場しますよね。彼女がもう最高でした。ああいう人は、どのように生み出されるのでしょうか。
嶋津:自分は派手なプロットを思いつくほうではないので、変わった人を出したいんですよね。あと、自分もちょっと変わった人が好きなんだと思います。自分があんまり社会に溶け込みやすい方ではないので、同じように溶け込めない人が愛しいんです。
――そしてこの3作目ではやくも直木賞受賞されましたね。
嶋津:新人賞を獲ってから10年で3作と考えると、決して順調とはいえない歩みだったとは思います。私、他の賞の候補になったこともないんですよ。自分としては候補になっただけでも嬉しさがマックスでした。まだまだ実力がともなっていないので、今もボツを覚悟して原稿を提出しています。それはしばらく変わらないんだろうなと思います。
――創作ノートやアイデア帳はつけていますか。
嶋津:一応気になったものはメモったりしていますが、なかなかないですよね。何を書くか、探すのが大変です。今までは自分の体験から始めることが多かったですし、ちょっとテレビで見たことがひっかかることもあります。自然に記憶に残っているものがいちばん役に立ちます。
――では、今後書くものは、時代設定も自由に選んでいくわけですか。
嶋津:そうですね。今、なんとなく二年半先くらいまでお仕事は決まっていて、半分以上は近現代ものを依頼されています。そのイメージが強いからかもしれません。







