作家の読書道 第285回:嶋津輝さん
40代になってから小説教室に通ってデビューを果たし、単行本3作目の『カフェーの帰り道』で直木賞を受賞した嶋津輝さん。市井の人々の日常を、ユーモアを交えて描く筆致の源泉はどこにあるのか。その読書遍歴や昭和好きになったきっかけ、デビューにいたる経緯などたっぷりうかがいました。
その5「高峰秀子、幸田文を知る」 (5/9)
――転職先は、どれも税理士関連の仕事だったのですか。
嶋津:会計事務所へ入り、そこから大きい税理士法人に行って、不動産ファンドの部署に配属されて、税理士法人を辞めた後は不動産ファンドの会社に移りました。
――勤務先はどれも都内だったのですか。
嶋津:はい。30代後半からはずっと丸の内をうろうろしていました。
その頃だったと思うんですけれど、美容院で雑誌の「メイプル」を渡されたんです。私の中ではもっと年上の女性が対象の雑誌という印象だったので、「え、そんな歳に見えるのかな」と戸惑いましたが、中身が面白くて、美容院の帰りにその号を買って帰りました。そこに、たぶん斎藤明美さんが高峰秀子さんのことを書いた連載があって。それまで高峰秀子さんのことは名前しか知りませんでしたが、興味を持ちました。
――戦前から子役として活躍して、エッセイストとしても人気を博した方ですよね。
嶋津:そこから『わたしの渡世日記』など、高峰さんのエッセイを読みだしました。どれも面白くて、結局ほとんど読みました。
買って帰った「メイプル」に幸田文さんの記事も載っていて、それも印象に残っていたんですが、高峰秀子さんのエッセイに幸田文さんも結構出てくるんですよ。たぶん、幸田さんの『流れる』の映画に高峰さんが出ているので、そういうお付き合いもあったのかなと。そこから幸田文作品もよく読むようになりました。
私はなぜか分からないけれど、大正とか昭和初期くらいの人が書いたものに非常に惹かれるんですが、高峰秀子が始まりだったかもしれないですね。この時期に向田邦子さんの随筆も読み始めました。
――その時期を舞台にした映画などにははまりませんでしたか。映画監督の小津安二郎とか。
嶋津:小津も好きなんですけれど、それは後になってからですね。高峰秀子さんは、成瀬巳喜男の作品のほうによく出ているんですよ。まず成瀬作品から入って、小津作品にも高峰秀子が出ているのでそれも見て、双方の沼にはまっていったのが40代の頃です。
――それぞれお好きな作品があれば教えてください。
嶋津:小津作品は、紀子三部作といわれる原節子さんの「晩春」、「麦秋」、「東京物語」の3作です。特に「晩春」と「東京物語」が好きです。それと、「長屋紳士録」という生活感あふれる地味な作品があって、若き笠智衆が格好いいんですよ。枯れたおじいさんという印象が強かったんですが、若い頃の笠智衆は手足も長くて色気があるというか。成瀬作品は、原節子さんの「めし」、高峰秀子さんの「女が階段を上る時」とか。「女が階段を上る時」は銀座のバーの雇われマダムの話で、当時の文化住宅が出てくるんです。そういうところに住めるくらい、いい暮らしをしているということなんですけれど、内装を見たくてDVDを買ったような気がします。何度も見て、家の図面も起こしました。当時の生活が垣間見えるものが好きです。



