作家の読書道 第285回:嶋津輝さん
40代になってから小説教室に通ってデビューを果たし、単行本3作目の『カフェーの帰り道』で直木賞を受賞した嶋津輝さん。市井の人々の日常を、ユーモアを交えて描く筆致の源泉はどこにあるのか。その読書遍歴や昭和好きになったきっかけ、デビューにいたる経緯などたっぷりうかがいました。
その3「読破したあの作家」 (3/9)

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――大学の学部はどこを選んだのですか。
嶋津:法学部を選びました。芸術学部と迷ったんですけれど、なんとなく法学部のほうが潰しがきくのかな、と。仲のいい友達も法学部志望でしたし。わりと適当な動機でした。
――どんな学生生活だったのでしょう。サークルには入りましたか。
嶋津:テニスサークルに入りました。中学時代に軟式テニス部に入っていましたし、勧誘してきた人の雰囲気がよかったので入ったんですけれど、運動神経は悪いので下手でした。ラケットの網の部分とグリップの間にちょっとした穴がありますよね(スロートの部分)。そこにボールがはまるんですよ。網がこんなに広いのに、なぜここにわざわざはまるのか自分でも分からなくて。
大学では勉強もせず、授業もろくに出ず、ひたすら学食で過ごしていました。
――では、どんな遊びをしてたんでしょう。クラブに通うとか、酒飲み明かすとか...。
嶋津:バブル時期でしたがあまり派手なことはしなかったです。私はお酒に弱いうえにビールが合わなくて。みんなに合わせてビールを飲んでは吐いたり。ただみんなでわいわい喋っているのが楽しかったです。学生の時にカラオケボックスが増え始めたので、よく行っていました。
――カラオケでは何を歌っていたんですか。
嶋津:私は声が低いので、中森明菜か中山美穂でした。一昨年中山美穂さんが亡くなった時、すごくショックだったんです。同学年とはいえ、ここ20年くらいミポリンのことは忘れていたのになんでこんなにショックなんだろうと思ったら、歌をほとんど知っているからだな、と気づきました。
――学生時代、アルバイトはしていましたか。
嶋津:飲食店などでバイトしても億劫になって、続きませんでした。あとは早朝の銀行のバイトをしていました。某都市銀行の兜町支店という特殊な支店があって、株などのデータが夜中にテレックスで集まってくるのを、朝7時から9時まで学生バイトが仕分けするんです。私は7時20分くらいに行って怒られる、ダメな学生バイトでした。
――のんびりしている性格なんでしょうか。
嶋津:のんびりしてました。学生時代、仲の良かった6人組のなかの1人の家がリゾートマンションを持っていて、みんなでよく泊まりに行っていたんですね。そういう時はそれぞれ、車を運転する、段取りをたてる、料理を作る、掃除をするといった役割がなにかしらあるんですけれど、唯一何もしないという役割でいるのがあなただ、と言われたことがあります。責められたわけじゃなくて、そういう人が一人くらいいたほうがいい、みたいな言い方で。自分でもああそうか、と納得しました。それくらい、何もしないのが常態です。
――では学生時代の読書生活は。
嶋津:ゼミの同期の男子学生が、たしか落合信彦さんだったかな、ノンフィクションライターの本を「俺は読破した」と言うのを聞いて「読破」って格好いいな、私も言ってみたいなと思ったんです。その時にふと有吉佐和子を思い出したんですよね。高校の時に読んで面白かったから、じゃあ有吉佐和子を読もう、と。当時は書店の文庫コーナーに有吉佐和子の本がずらっと並んでいたので、新潮文庫の棚にあった緑色の背表紙を片っ端から読みました。
――面白かったですか。
嶋津:やっぱり、どれも面白かったです。リーダビリティが高いので、重い歴史ものの作品でも結構すらすら読めるんです。当時手に入るものだけでしたけれど、全部読むのはそんなに大変ではなかったです。
――とりわけお好きだった作品は。
嶋津:花柳界ものが好きでした。有名な『香華』を書いた後、それをもっと広げたいと思って書いたんじゃないかなと思える、『芝桜』という長編と続篇の『木瓜の花』がすごく好きで、何度も繰り返して読みました。今も当時のものが手元にあります。
――なぜそこまで魅了されたのでしょう。
嶋津:繰り返し読んでいると、登場人物が家族のような感覚になってきて、会いたくなるんですよね。特に主人公の正子が、私にとっては理想的な女性で。芸者として売れっ子で、目端が利くからいい旦那がつくんですけれど、高潔な人柄で、真面目で頑固で自分を安売りしないんです。あと、クソ真面目ゆえの可笑しみもとても魅力的で、またその魅力がちゃんと分かるように有吉さんが書いている。正子に会いたくて読んでいる感じです。
――続篇の『木瓜の花』も同じ主人公なのですか。
嶋津:そうです。この2作は腐れ縁の話でもあるんですね。子供時代から同じ芸者屋にいた朋輩の蔦代と、おばあさんになっても縁が続いていく話なんです。蔦代は正子とは対照的に奔放な性格で、ずるいところもある。それに正子は振り回されるんですけれど、なんとなく縁が切れない。その関係性や、時代ごとに起こる事件が本当に面白く華やかに書いてあって、何度読んでも飽きません。
――「有吉佐和子を読破した」と言う機会はありましたか(笑)。
嶋津:はい。たぶん、就活の面接で「有吉佐和子作品は読破しました」って得意げに言ってたんじゃないかな(笑)。
