第286回:伏尾美紀さん

作家の読書道 第286回:伏尾美紀さん

2021年に江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作『北緯43度のコールドケース』がはじめて書いた警察小説だったという伏尾美紀さん。第4作となる『百年の時効』で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞受賞と、瞬く間に熟達ぶりをみせる書き手はどんな読書遍歴を辿ってきたのか。探偵小説、警察小説、ノンフィクションなど、現在の執筆活動に繋がる読書体験が見えてきました。

その2「本好きの友達に薦められた海外エンタメ」 (2/8)

  • 鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ・クリスティー,橋本 福夫
    早川書房
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  • マルタの鷹【新訳版】 (創元推理文庫)
  • 『マルタの鷹【新訳版】 (創元推理文庫)』
    ダシール・ハメット,田口 俊樹
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • エジプト十字架の謎【新訳版】 (創元推理文庫)
  • 『エジプト十字架の謎【新訳版】 (創元推理文庫)』
    エラリー・クイーン,中村 有希
    東京創元社
    1,100円(税込)
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  • レ・ミゼラブル (上) (角川文庫)
  • 『レ・ミゼラブル (上) (角川文庫)』
    ヴィクトル・ユゴー,永山 篤一
    KADOKAWA
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  • ああ無情 (子どものための世界文学の森 22)
  • 『ああ無情 (子どものための世界文学の森 22)』
    ビクトル ユゴー,こさか しげる,Victor Hugo,菊池 章一
    集英社
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  • 象は忘れない (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
  • 『象は忘れない (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』
    アガサ クリスティー,Christie,Agatha,能三, 中村
    早川書房
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  • 北緯43度のコールドケース (講談社文庫 ふ 93-1)
  • 『北緯43度のコールドケース (講談社文庫 ふ 93-1)』
    伏尾 美紀
    講談社
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  • 百年の時効
  • 『百年の時効』
    伏尾 美紀
    幻冬舎
    2,310円(税込)
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――今振り返ってみて、周りの子に比べて自分は読書家だったと思われますか。

伏尾:小学生の頃は、「私、結構本を読んでいるほうだな」と思っていたんですけれど、中学に入ってお友達になった子たちが、私なんか足元にも及ばないくらいの読書家で。しかも、私は小学生の頃は子供向けシリーズを読んでいたんですよ。エラリー・クイーン、ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラーといった作家の名作といわれるミステリにしても、子供向けに書き直されたシリーズを読んでいました。でもその子たちは子供向けではないアガサ・クリスティーや筒井康隆や光瀬龍を読んでいたんですよ。その子たちに貸してもらって中学生の時にはじめてアガサ・クリスティーの『鏡は横にひび割れて』を読んで衝撃を受けました。そこからクリスティーの代表的な作品を読み始め、大人の読書に移っていきました。

――ハメットやチャンドラーも子供向けのものがあったのですか。

伏尾:ダシール・ハメットの『マルタの鷹』も挿絵が入っている子供向けのバージョンがありました。クイーンの『エジプト十字架の謎』の子供向けの本は、たしか十字架が真ん中に描かれている表紙でした。今思うと、それらは内容を結構はしょっていたんですよね。生々しい部分は割愛されていたんじゃないかな。だから作品の本当の良さは残っていなかったんじゃないかなと思うんですよね。
当時は子供向けに書き直されたものをたくさん読んでいました。たとえば『レ・ミゼラブル』も『ああ無情』というタイトルの子供向けのものを読んだので、私はこのお話はもう知っていると思っていたんです。大人になって『レ・ミゼラブル』を読んだら、全然知らないエピソードがいっぱい入っていて驚きました。

――クリスティーではどの作品が面白かったですか。

伏尾:当時読んだなかでいちばん好きだったのは『象は忘れない』ですね。これは子供の頃に両親が心中して孤児になった少女がいて、大人になってから両親の死の真相を知ろうとする話です。お父さんとお母さんのどちらが先に相手を殺したのかを知りたいといってポアロに依頼をする。で、ポアロが当時の関係者に話を聞きに行って、過去の事件を推理するんです。事件が今進行しているものではなく、過去の事件について当時の関係者に話を聞いて、その中の矛盾みたいなものからポアロが真実を見つけ出していくところが、まだミステリの読書歴が浅い自分にとって衝撃的で印象的でした。

――伏尾さんはデビュー作の『北緯43度のコールドケース』や最新作の『百年の時効』でも未解決事件を扱っていますが、未解決事件の真相を探る面白さをその頃に味わっていたのですね。

伏尾:そうですね。未解決事件をどうやって解決するかという、その行程を読むのは結構好きかもしれないです。

――お友達が筒井康隆や光瀬龍を読んでいたとのことですが、SFも読まれていましたか。

伏尾:はい。当時、友達は筒井康隆派でしたが、私は星新一派だったんですよね。私はSFではライトなシリーズが好きで、同じ友達からお薦めしてもらった高千穂遙さんの「クラッシャージョウ」シリーズや「ダーティペア」シリーズにはまりました。これは本当に面白かったですね。
その頃、中学で新井素子さんがブームになって、私もすごくはまって。新井さんのあの文体が大好きで、文体模写というわけではないんですけれど真似したりしました。授業中に友達に手紙を書いてこっそり渡すのが流行っていた時に、新井素子さん風の文章を書いてみたりして遊んでいました。
そういう新井素子さんの思い出があり、乱歩賞に応募した時に新井さんが選考員のおひとりだったこともあり、そのご縁で『北緯43度のコールドケース』の文庫の解説は新井素子さんなんですよ。私が中学の時に読んでいたあの文体の、まさに新井素子節で書いてくださって、すっごく感激して嬉しかったです。中学時代からの伏線回収のような感じもしました。

――中学時代は課題図書の読書はいかがでしたか。太宰治とか芥川龍之介といった古典的な作品などを読む機会があったのでないかと思いますが。

伏尾:中学では課題図書を読まされた記憶がなくて。それとは別に太宰や芥川は読みましたが、全然苦じゃなかったです。そんな印象に残るほど読み続けたわけではないんですが、面白く読みましたし、古典的な作品が嫌になることはなかったです。

――部活は何かされていたのですか。

伏尾:バドミントン部に入っていました。本当はバレーボール部に入りたかったんですよ。「アタックNO.1」に憧れて。でも親に「バレーボールは集団競技なんだよ。そういうの苦手でしょう?」と、やんわりと「やめたほうがいいんじゃないか」という感じのことを言われました。親は子供の性格を分かっていたんですよね。それでも中学に入ってせっかくだから何か部活をやりたくて、個人競技のバドミントンならいいかなと思ったんです。でも競技自体は個人ですが、部活はなんだかんだいって体育会系の上下関係があるし集団生活なので、やっぱり合わないとなって一年くらいでやめました。以来、中学の時は、部活は入っていないです。

――それほど内向的だったのですか。

伏尾:そうです。休み時間になると教室で一人で本を読んでいるタイプでした。ただ、私にいろんな本を薦めてくれた同級生と知り合えたのも教室でした。私がモーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズを読んでいたら声をかけてくれたんです。そこからいろんな本を紹介してもらうようになりました。こっちから積極的にアクションをおこさなくても、趣味が似ているとちゃんと交友関係は広がっていくんだと中学の時に分かったのでよかったなと思っています。これはかなり後になってからですが、その友達がメフィスト賞の作品が大好きで、私にも舞城王太郎さんをお薦めしてくれたので、ちょっとだけメフィスト賞に応募しようかなと血迷った時期がありました(笑)。まあ、自分には舞城王太郎のような小説を書くのは無理だなと思ってやめましたが。

――その中学の時のお友達とは大人になってからも交流が続いていたということですか。

伏尾:そうですね。その子とは中学高校が一緒で、その後彼女は進学で東京に行ってしまったのでちょっと疎遠になったんですけれど、私が東京に遊びに行くと一緒に遊んで、「今こういうのを読んでいる」という情報交換をしていました。私は社会人になってから車通勤を始めたので通勤時間に本を読む習慣ができなかったんですけれど、彼女は東京で電車通勤で、本がないと通勤時間を乗り切れないようなことを言っていました。常に新しい本の情報を仕入れては読んでいる人だったので、20代くらいまでは彼女から面白い本を教えてもらっていました。
中学時代に彼女はもう、ジェフリー・アーチャーの『百万ドルをとり返せ!』とか『大統領に知らせますか?』を読んでいたんですよね。それで私も読んでみたらすごく面白くて。このあたりから国際謀略ものやスパイものも読むようになって、読書の世界も広がっていった感じです。

――当時の流行っていたスパイものというと、ジョン・ル・カレとか...?

伏尾:そうですね。ただ、ジョン・ル・カレやジャック・ヒギンズ、フレデリック・フォーサイスを真剣に読むようになったのは社会人になってからだと思います。ル・カレに関しては、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』が「裏切りのサーカス」というタイトルで映画化されたものを観たのが先でした。これは小説より先に映画を観て正解でした。というのも、とにかく登場人物が多いうえにコードネームもついてくるんですよ。読みながら頭の中で情報整理する時に役者さんの顔を当てはめていくと、本の内容が頭に入ってきやすかったです。
ジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』もたぶん映画を観たのが先で、その後書店で原作を見つけて買って読みました。『ジャッカルの日』も同様で、先に若い頃に映画を観ていて、その後原作を読んだ流れだったと思います。

――映画やドラマもよくご覧になっていたのですか。

伏尾:そうですね。海外ドラマが好きでした。特に小学生とか中学生の頃は、午後の3時台や5時台から結構古い海外ドラマを再放送していました。「刑事コロンボ」とか「刑事コジャック」とか「チャーリーズ・エンジェル」とか「バイオニック・ジェミー」など、たくさん放映されていたので、小学校から帰ると、まずそれを見るのが楽しみでした。
その後も、夜9時や10時に、「探偵ハート&ハート」など海外の軽いミステリが放送されていて、毎週見るのが楽しみだった時期がありました。それと、映画は洋画が全盛期で、アガサ・クリスティーの作品もたくさん映画化されていたんですね。『オリエント急行殺人事件』とか、『ナイルに死す』が原作の「ナイル殺人事件」とか、『鏡は横にひび割れて』が原作の「クリスタル殺人事件」などがありました。それらは原作を読んでから映画を観たのか、映画を観てから原作を読んだのか曖昧なんですが、それくらい映像作品が身近にあった時代でした。
映像の話でいうと、横溝正史の「犬神家の一族」も面白かったですね。市川崑監督のバージョンのほうです。たぶん劇場ではなくてテレビで放映されていたのを見たと思うんですけれど、それで横溝正史にはまりました。テレビドラマでも古谷一行が金田一耕助を演じた連続ドラマがあって、何回かにわたってひとつの話をやっていくんです。それも面白くて。そこから『真珠郎』や『病院坂の首縊りの家』など横溝正史の小説を読み漁っていった時期があります。教室の片隅で読んでいた記憶があるので、たぶん高校生の頃だと思います。
あとは松本清張、山崎豊子、森村誠一も、もしかしたら先にドラマや映画を観て、原作があるんだと知って読んだのかもしれません。母の蔵書にあったものを読んだのがきっかけだったと思います。

――それらの作家で印象に残っている作品はありましたか。

伏尾:松本清張はやっぱり『砂の器』もすごいんですけれど、小説で比較すると私は『点と線』のほうが好きです。『砂の器』は映画の印象がものすごく強くて。ただ、『砂の器』の、目撃者が耳にしたわずかな言葉「カメダ」をヒントに、それが地名じゃないかというところから刑事がどんどん犯人に迫っていくところは、本当に面白く思いました。自分が『百年の時効』を書く時もその部分はちょっと意識しました。小さな小さな手掛かりから、少しずつ犯人に迫っていく部分に関しては、『砂の器』がものすごく参考になったとは思っています。

――ああ、やはり!『百年の時効』を読んで松本清張味を感じたんですよ。映画の「砂の器」は、丹波哲郎が刑事役でしたよね。

伏尾:最初に『百年の時効』のプロットを考えた時、ちょっと丹波哲郎が頭にあって(笑)。ああいういかにも昭和の男くさい刑事を考えていたんですけれど、使いどころがなくて。結局丹波哲郎は消えていきました。

  • ダーティペアの大冒険
  • 『ダーティペアの大冒険』
    高千穂 遙
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  • 連帯惑星ピザンの危機 (クラッシャージョウ1) (ハヤカワ文庫 JA タ 1-11)
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    高千穂 遙,安彦 良和
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  • 『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)』
    ジョン ル・カレ,le Carr´e,John,博基, 村上
    早川書房
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  • 鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫 NV ヒ 1-19)
  • 『鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫 NV ヒ 1-19)』
    ジャック ヒギンズ,Higgins,Jack,光, 菊池
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  • 『オリエント急行の殺人 (クリスティー文庫)』
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  • 『病院坂の首縊りの家(上) 金田一耕助ファイル20 (角川文庫)』
    横溝 正史
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  • 砂の器(上) (新潮文庫)
  • 『砂の器(上) (新潮文庫)』
    松本 清張
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  • 点と線 (新潮文庫)
  • 『点と線 (新潮文庫)』
    清張, 松本
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