第286回:伏尾美紀さん

作家の読書道 第286回:伏尾美紀さん

2021年に江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作『北緯43度のコールドケース』がはじめて書いた警察小説だったという伏尾美紀さん。第4作となる『百年の時効』で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞受賞と、瞬く間に熟達ぶりをみせる書き手はどんな読書遍歴を辿ってきたのか。探偵小説、警察小説、ノンフィクションなど、現在の執筆活動に繋がる読書体験が見えてきました。

その7「大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞受賞の『百年の時効』」 (7/8)

  • 百年の時効
  • 『百年の時効』
    伏尾 美紀
    幻冬舎
    2,310円(税込)
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  • 最悪の相棒
  • 『最悪の相棒』
    伏尾 美紀
    講談社
    2,310円(税込)
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  • 数学の女王 道警 沢村依理子 (講談社文庫 ふ 93-2)
  • 『数学の女王 道警 沢村依理子 (講談社文庫 ふ 93-2)』
    伏尾 美紀
    講談社
    935円(税込)
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  • 北緯43度のコールドケース (講談社文庫 ふ 93-1)
  • 『北緯43度のコールドケース (講談社文庫 ふ 93-1)』
    伏尾 美紀
    講談社
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――第4作目となる『百年の時効』は本当に大きな挑戦だったのではないでしょうか。現時点で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞を受賞されていますが、これがもう素晴らしかったです。

伏尾:ありがとうございます。順番では第4作目なりましたが、執筆期間は『最悪の相棒』と被っているところがありますね。2作目の『数学の女王』の目途がほぼ立ったあたりから、幻冬舎の担当者さんと長編のプロットのお話をさせていただいていました。つまり実績としては1作目の『北緯43度のコールドケース』しか出ていない時なんですよね。それしかない作家に、よく長編を書かせようと思いましたね、という話をすると、「プロットを読んで面白かったので大丈夫だと思いました」みたいなことを言ってくれるんですけれど、それにしたって...と思って。きちんと物語を締めくくれるか分からないところからのスタートだったので、本当によく思い切ってくれたというのが、今書き終わってからの感想です。

――物語の始まりの時は令和。一人の男の遺体が見つかったアパートに臨場した28歳の刑事、藤森菜摘はその後、上層部から50年前の未解決事件の資料を託される。それは昭和49年に起きた、夫婦と幼い娘が惨殺された未解決事件の資料で、アパートで見つかった遺体の男は容疑者の一人だった...。そこから昭和編へと移り、平成編、令和編と、刑事たちがバトンタッチしながら執念で捜査を続けていく姿が描かれる。長編を書きませんかというお話があった時に、どういうものが書きたいとお話しされたのでしょうか。

伏尾:最初に捜査ものが書きたいとお伝えしていました。昔ながらの足で捜査するものが書きたかったんですけれども、現代はDNA鑑定や防犯カメラなどを使った科学捜査が発達しているので、刑事の捜査を小説として描くのがなかなか難しくなっていて。だったら時代を昭和にすれば、昔ながらのコツコツとした捜査が書けるかな、というところが出発点でした。でも昭和で物語を終わらせてしまうと、ただの過去の一場面のお話で終わってしまうので、だったら過去からずっと引きずっている未解決事件を現代で解決するのが、物語としては美しいし格好いいだろう、というところでプロットを作りました。

――「砂の器」の丹波哲郎をイメージしていたのは、昭和編で捜査に携わる刑事、鎌田のことですよね(笑)。

伏尾:最初は鎌田のポジションに来るキャラが丹波哲郎で、彼と組む湯浅はもうちょっとやんちゃな感じにしようと思っていたんです。でも結局湯浅が落ち着いたキャラクターになったので、丹波哲郎のあのキャラだとどちらも思慮深いタイプになってしまうなと思って。昭和編は二人の会話で物語が進んでいくところもあるので、丹波哲郎を捨てて今の鎌田のキャラクターにしたところ、話がうまく回り始めました。

――昭和編、平成編、令和編と、時代を進行&錯綜させながら組み立てていくのは大変だったのではないですか。

伏尾:プロットの段階で昭和編、平成編、令和編という三つの大きな時代で分けて書くことは決めていました。物語を読んでいてストレスなく次の時代に入ってもらうには繋ぎの部分をどうするか、どのようにバトンタッチをしていくかの部分は最後のほうまで直した記憶があります。
それと、平成編がなかなか膨らまなかったんですね。昭和編は事件が発生するので深く書けるし、令和編は解決編で、その間をつなぐ平成の物語をどうするかはかなり考えました。時効が成立しない要件として、犯人が海外へ逃亡していると時効が停止するので、思い切って犯人を海外へ逃亡させて刑事に追わせようかとも考えたんですが、全体を通してみた時にそこだけ浮いてしまうし、海外に逃亡している間は時効が成立しないのはあまりにも手垢がつきすぎた案なのでやめました。その後、平成編に出てくる刑事の草加は読者がそこまで意識を集中しなくてすむ個性の薄いキャラクターにして、その代わり彼を取り巻く環境に平成ならではものを持ってくることにしたあたりから、草加も動き出して平成編も膨らんでいきました。

――登場する人たちの人生模様がひとつひとつ浮かび上がってくるところと、捜査が時代を超えて受け継がれていくところに圧倒されました。最後は胸熱でした、本当に。

伏尾:ありがとうございます。登場人物に関していうと、最初にプロットでかっちり決めたキャラクターって、意外と小説の中でうまく回らないんですよね。書き始めて、なんとなくこっちのほうがいいんじゃないかと思って書いたキャラのほうが、存在感が増していくところがあります。特に脇役は、プロットの段階では名前と年齢くらいしか決めていないキャラが結構いたんですけれど、いざその場面に登場させてカギカッコで台詞を喋らせると、そこにちゃんと個性が乗ってきてくれる感じがありました。キャラは場面にあわせて確立されていくんだというのは、今回書いてみて発見でした。

――地下鉄サリン事件など、実際にあった事件や出来事の絡め方も読みごたえがありました。

伏尾:ありがとうございます。この百年史を書きながら過去の事件を振り返って、わりと同じような時期に大きな事件が立て続けに起こっていたんだなと思いました。自分も生きていた時代ですけれど、昭和は科学も今ほど発達していないし防犯カメラもないし、玄関にきっちり鍵をかける習慣がないところもありましたし、事件が発生すると迷宮入りしやすい時代だったんだな、って。ちょっと不適切な言い方ですが、物語にしやすい時代だったのかなと思いました。

――時代の変化にあわせて、警察の捜査方法の変化もよく分かりました。吉川英治文学新人賞の選評でも大沢在昌さんが「警察小説であると同時に、警察史小説にもなっている」と書かれていましたね。

伏尾:一応、DNA鑑定はいつからなのかなとか、指紋はいつから自動識別になっているのかなども調べたんですけれど、これも本当に、これまで読んできたノンフィクションの内容が頭の片隅に残っていたんです。タイトルは忘れてしまったんですけれど作中にも登場する府中の三億円事件についても、過去に読んだ本の中に、当時は指紋を自動で識別する機械がなかったので鑑識員が数名で手分けして、すごい時間をかけて指紋を照合していった、みたいな情報があったと記憶していたので、あとはそれをネットで検索すればいつから自動識別になったのか年代は分かりました。これまで読んできたノンフィクションの知識が、ここでもまた役に立ちました。

――警察小説史に名を残す作品だと思います。

伏尾:ありがとうございます。本当にそうなれたら嬉しいです。

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