作家の読書道 第286回:伏尾美紀さん
2021年に江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作『北緯43度のコールドケース』がはじめて書いた警察小説だったという伏尾美紀さん。第4作となる『百年の時効』で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞受賞と、瞬く間に熟達ぶりをみせる書き手はどんな読書遍歴を辿ってきたのか。探偵小説、警察小説、ノンフィクションなど、現在の執筆活動に繋がる読書体験が見えてきました。
その4「国内外の警察小説を読む」 (4/8)

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- 『ブラック・ダリア (文春文庫)』
- ジェイムズ・エルロイ,吉野美恵子
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- 『ホワイト・ジャズ (文春文庫)』
- ジェイムズ・エルロイ,佐々田雅子
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- 『襲撃者の夜 (扶桑社ミステリー)』
- ジャック・ケッチャム,浩, 金子
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――卒業後はどうされたのですか。
伏尾:就職して車通勤を始めたので、ますます本を読む時間がなくなっていって。お休みの日に読むくらいでした。
転機になったのは生活の中にインターネットが入ってきたことですね。Windows95が登場したのがそれこそ1995年だと思うんですが、その翌年には私もパソコンを買ってネット接続しました。当時はまだ電話回線でつないで、夜だけ安くなるテレホーダイとかがあった時代なんですけれど。それまでは、「こういう本が面白い」とか「これはあなたの好みかもしれないよ」という情報って、友達から聞いたり、実際に書店に行って本の中を見たり、その本の中に挟んである新刊情報をまめにチェックするくらいしか知る術がなかったんですよね。でも、検索エンジンに自分が好きそうなアクションとか警察といった言葉を入れて検索すると、当時そういうものが好きな人が作ったホームページがいっぱいヒットしたんですね。そこから自分の世界が広がったというよりは、より自分の好みを深堀りする方向にいきました。それまでは「これが警察小説なんだ」といった意識はあまりなく雑多に読んでいましたが、調べているうちに、「自分は刑事が主人公だったり、捜査の主体が警察だったりする小説が好きみたいだぞ」と分かってきたんです。それで検索すると、ちゃんとそういう作品をお薦めしてくれるページがあるんですね。
ネットを使うようになる前の、何を読んだらいいんだろうと思っていた時代に、1冊だけものすごく印象深い本があって。『ハリウッドの殺人』というタイトルで、図書館で借りた本でした。単にタイトルに「殺人」とあったので事件ものだと思ったし、あらすじを読んだら刑事が出てくるので、何の気なしに借りたんです。アメリカのハリウッドを舞台に殺人事件が起こって殺人課の刑事が捜査をする話なんですが、冒頭30ページくらい捜査が始まらないんです。その間にハリウッド署の殺人課や風紀課、パトロールなどの警察の日常が事細かく描写されていく。さらに、主人公は殺人課の二人組の刑事なんですけれど、それ以外の刑事たちが追っているポン引きと売春婦の揉め事だったり薬物の問題だったりも羅列されて、なかなか肝心の殺人事件の捜査が進まないんです。それが私の中ではすごく新鮮で、「あ、こういうのが読みたかったんだ」と、その時はじめて気づきました。図書館から借りて返却期限まで何回か読み返して、返した後しばらくしてからも、なんかやっぱりあれが好きだな、と思って。
この人の他の本を読みたいと頭の片隅で思っていたんですが、『ハリウッドの殺人』というタイトルは憶えていたのに、著者のジョゼフ・ウォンボーという名前が思い出せなくて。パソコンを買って検索できるとなった時に、『ハリウッドの殺人』で検索したら、ちゃんとジョゼフ・ウォンボーを愛好している人のページがヒットして、他の作品も分かったんです。ただ、分かった時点でもう新刊がなくて、ほぼほぼ古本で探すしかない状況でした。それでも、古本屋さんも「こういう本があります」とホームページを作って情報を載せてくれていたので、丹念に探してまず『ハリウッドの殺人』を買い、次にジョゼフ・ウォンボーの最高傑作と言われている『センチュリアン』を買って。『センチュリアン』は群像劇で、とにかくパトロール警官しか出てこなくて、いくつもの事件や問題が並行して語られていく警察官小説で、これも本当に面白くて。そこからジョゼフ・ウォンボーにはまったので、なんとなく、ここが自分の原点かなという気がします。それまでにも警察小説は読んできたけれど、もう一歩深く警察小説にはまるきっかけになったので。
――そこから、他にどんな警察小説を読まれたのですか。
伏尾:ヒラリー・ウォーにすごくはまりました。やっぱり『失踪当時の服装は』ですね。あとは『事件当夜は雨』とか『生まれながらの犠牲者』とか。このあたりは本当に夢中になって読みました。ウォーはウォーでウォンボーとはまったく違うんですよね。ウォーの場合は、ひとつの事件に対する捜査の過程をものすごく緻密に描いていて、これはこれで本当に面白くて。特に『失踪当時の服装は』は、警察小説の面白さが詰まっていますよね。女子大学生が恋人と喧嘩して単なる気まぐれでふらっとどこかに行っただけじゃないか、というところから、警察が丹念に丹念にその女子大学生のまわりを調べていって、最後に真相にたどり着く。ウォーは結構昔の人ですけれど、あの時代にもうこんな小説を書いていたんだと思うと、ちょっと驚きがありました。やっぱりウォーは好きですね。
それと、さきほど映画しか観ていない時期があったという話をしましたが、そこから小説に繋がったものがいくつかあって。そのひとつが「L.A.コンフィデンシャル」という映画でした。これはジェイムズ・エルロイ原作だということを知らず、私の大好きなジャガイモ系のラッセル・クロウが出ているので観に行って(笑)、映画自体がすごく面白かったのでエルロイの原作にいきました。エルロイの「暗黒のL.A.」四部作は順番からいくと本当は『ブラック・ダリア』、『ビック・ノーウェア』、『L.A.コンフィデンシャル』、『ホワイト・ジャズ』なんですが、私は『L.A.コンフィデンシャル』を読んでから『ブラック・ダリア』にいき、エルロイにはまりました。ウォーやウォンボーとはまた全然違うんですよね。エルロイの場合は警察小説と言っていいのか分からないんですけれど、暴力とエロティシズムがあり、警察官ではあるけれど必ずしも正義感が前面に出てこなくて、常に当時のL.A.の暗黒部分と表裏一体になっている世界観があって。こういうのも好きかも、と思いました。自分にはちょっと暴力系のものが合っているのかなと思って、次に手を出したのが、ジャック・ケッチャムでした。最初に『オフシーズン』と『襲撃者の夜』を読んで、あ、これ面白いと思って。やっぱり私にはこういうのが合っていると思って『隣の少女』を読んで、撃沈でした。
――撃沈しますよね......。
伏尾:読まなきゃよかったって思った小説はこれが人生で初めてでした。でもケッチャムは大好きで、『隣の少女』以外は本当に大好きなんですけれど。
その前あたりから、系統はちょっと違うけれどスティーヴン・キングもちょこちょこ読んでいたんです。キングも映像化された作品が非常に多いですよね。「キャリー」、「シャイニング」、「ペット・セメタリー」、「炎の少女チャーリー」(原作のタイトルは『ファイアスターター』)、「クリスティーン」...。映像化されたキングの作品はほぼ観ていて、なんとなくそれで満足してなかなか小説までは手を出していなかったんです。でも、中学の時とはまた違う友達なんですが、キング大好きな友達が『デスペレーション』だったかな、それを貸してくれて、それが本当に面白くて、そこから『IT』や『ミザリー』なども夢中で読みました。やっぱり私は、誰かが「これ面白いよ」と言ってくれる人がいたほうがいいみたいですね。自分からだとなかなか新しいジャンルは開拓しないので。
――さきほどおっしゃっていた、メフィスト賞好きなお友達に舞城王太郎を薦められたのもこの頃だったのですか。
伏尾:ああ、そうかもしれません。今回、自分の読書履歴をさらっていて、自分は本を薦めてくれる人がいないと途端に読まなくなるんだと分かりました。まあそうだよなと思うのは、「これ面白かったよ」と言われて読んで、「面白かったよ」「あそこの部分が...」と、人と話すのがまた楽しいんですよね。自分にとっての読書の喜びはそこにあるのかもしれません。私もウォンボーを見つけた時に、興奮のあまり友達に喋りまくった記憶があります。
――読んだ本が面白かった時、もはや「面白かった!」という感想しか出てこない時ってないですか。
伏尾:そうなんですそうなんです。言語化が難しいですよね。
――なので、どんなふうにお友達に語られたのかな、と。
伏尾:たとえば、自分にとって印象深かった場面のあらすじをばーっと話す、みたいな感じですね。『ハリウッドの殺人』でいうと、主人公と主人公のパートナーの刑事、この二人の関係が非常に素晴らしくて。主人公は仕事のストレスがあって、下半身のほうが今役に立っていない状態なんですね。つねに何かに悩んでいて、読者からすると、いちばん危ういのはこの主人公なんじゃないかという気持ちになるんです。でも主人公はパートナーのほうを心配している。パートナーは普通に振舞っているし、見た目も格好いいし、能力もある。表面上は何も悩みがないように見える刑事なんだけれども、実は奥さんとの離婚問題を抱えていて、かつ、これまでのさまざまな事件のストレスが見えない部分で彼の心を病ませていることを、パートナーである主人公だけは知っているんです。それで、お互いに心配しあうんですね。押しつけがましくない、さりげない心配なんだけれど、長年パートナーとして仕事してきた者同士だけが分かる阿吽の呼吸みたいなものが全編に流れていて。そこがこの物語の私が推したいポイントなので、その部分を熱く語るんです。
――読みたくなります。ところで、日本の警察小説は読まれましたか。
伏尾:20代くらいまでは翻訳ものばかり読んでいたんですけれど、30代に突入してから日本のものもかなり読むようになりました。髙村薫さんの『マークスの山』や『レディ・ジョーカー』あたりを読んでシリーズにはまったことがきっかけですね。そこから大沢在昌さんの『新宿鮫』シリーズとかを読みました。大沢さん作品で私の一押しは『北の狩人』の「狩人」シリーズなんですけれど、それは『新宿鮫』の後に知りました。あとは警察小説ではありませんが、馳星周さんの『不夜城』とか、黒川博行さんの『疫病神』シリーズも好きで。これはたしか、親が先に買って読んでいて、「面白い」と薦められて読んではまったパターンです。あとは藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』。これもめちゃくちゃ夢中になって読んで、すごく記憶に残っています。
それと、横山秀夫さんにも本当にはまりました。横山さんの作品は普通の捜査小説というよりは内勤の人たちを主人公にしていたりしますよね。いちばん好きなのは短編集の『第三の時効』で、あれは捜査一課の刑事たちがもうめちゃめちゃ陰険で、ライバルの足を引っ張って俺が手柄を取るぜ、みたいな感じで、それでいてちゃんと事件も解決するという。今までの警察小説にはなかったパターンで、すごく好きです。
――その頃、ご自身で小説を書こうとは思っていなかったのですか。
伏尾:日本の方々の小説を読んでいる頃に、頭の片隅で小説家になりたいな、みたいなことは思いました。でも、「いつか」という感じで、なにも行動には移しませんでした。やっぱり読んでいるものがすごすぎて、こうしたものを超える投稿作を書かないことにはデビューなんてできないと思うと気後れして。最初の一行も何も書かないまま、ただただ「いつかなりたいな」くらいの漠然とした思いを抱えて日々を過ごしていました。
――読書記録はつけていましたか。
伏尾:それが、つけていないんですよ。つけていたほうがいいなとは最近特に思っていて。今回も、読んだ記憶はあるのに中身が思い出せないものが本当にたくさんあることに気づきました。記録をつけていると振り返りにもなるし、記憶の定着にもなるのでいいよなと思いつつ、できていないんですよね。
















