作家の読書道 第287回:夏川草介さん
現役の医師として働きながら、2009年『神様のカルテ』で第10回小学館文庫小説賞を受賞して作家デビュー、同作が第7回本屋大賞の2位にランクイン。その後も多くの読者を獲得してきた夏川草介さん。無類の読書家でもある夏川さんが親しんできた本たちとは? 本棚に囲まれた自室にいる夏川さんに、リモートでインタビューしました。
その3「SF、歴史小説、ファンタジー」 (3/8)
――そして中高一貫教育の中学校に進学されたわけですか。
夏川:そうです。そうすると、高校受験の勉強をしなくていいんですよね。だから中学校時代は結構本を読む時間がありました。中3の時もほとんど勉強をせずに、以前読んで分からなかった本をもう一回読んでみようとなって、読んだらやっぱり面白い、と再確認したりしました。
この時期に、友人に大のSF好きがいて、自分の中にSF小説というジャンルが入ってきました。友人らが好きなSFは、物理的な思考をしっかり取り入れたものといいますか。たとえばタイムマシンを使った物語であっても、時間理論がどうだとか、今でいえば量子論がどうとかいった、硬派なものでした。当時だとアメリカの三大巨匠、アイザック・アシモフとロバート・A・ハインラインとアーサー・C・クラークですかね。アシモフは『銀河帝国興亡史』(早川SF文庫『ファウンデーション 銀河帝国興亡史』から始まるシリーズ、もしくは創元SF文庫『銀河帝国の興亡』シリーズ)を完結させる前に亡くなって、別の方が続篇を書いていますよね。一人の科学者が万物理論みたいなものを使って千年分の人類の歴史を予言したことから始まり、これから歴史上で起こる出来事が科学者の言っている通りだとか、その理論に欠点があるとか、欠点のように見えたけれど科学者はその欠点まで計算していたんだとか、そういう流れの話で。歴史小説的な意味合いを含んだ、スケールの大きなお話です。ちなみにアイザック・アシモフはロボット三原則を考えた人ですね。今のロボット工学の基本になる三原則を作ったのは物理学者でなく小説家だという。
――ハインラインは『夏への扉』とかですか。
夏川:そうですね。私がいちばん好きなのは『月は無慈悲な夜の女王』という作品です。結構分厚い本ですけれど、月に送られた囚人たちが地球に対して革命戦争を起こすという、ちょっと変わった物語です。
クラークは、私は『2001年宇宙の旅』にはあまり引き込まれなかったんですけれど、『幼年期の終り』はすごく好きな作品です。
三大巨匠たちの本はだいたい読んで、そこから派生的に広がっていった感じがします。有名なところでは、J・P・ホーガンの『星を継ぐもの』という歴史に残る名作がありますよね。全4部作でどんどん話が広がっていく中で、もちろん私も1巻が一番好きですが、全部通して素晴らしい作品だと思います。(背後の本棚を指して)あそこの青い背のブックカバーが並んでいるところがハヤカワSF文庫ですね。いいSFをいっぱい翻訳しているので、片っ端から読みました。その上の棚のピンクの背が並んでいるところが、創元SF文庫。
――たとえばハヤカワSF文庫だったらフィリップ・K・ディックとかカート・ヴォネガットとかもある感じですか。
夏川:ありますあります。ヴォネガットの作風はちょっと幻想的なところがあってよく覚えています。『タイタンの妖女』とか。
それと、最近は日本から本当に素晴らしいSF作家さんがいっぱい出ていますよね。私は小川一水さんがすごく好きで、『神様のカルテ0』の文庫解説は小川さんにお願いしました。小川さんの『時砂の王』という作品は一押しです。
――その後、夢中になった読書体験といいますと。
夏川:高校生くらいから歴史小説を読むようになりました。司馬遼太郎とか宮城谷昌光さんです。このあたりは(と、背後の本棚を指す)、全部宮城谷さんの本ですね。文章がすごく好きだったんです。内容は戦争の話なのに、文体は格調が高くて、それでいてある種の爽やかさみたいなものもあって。読んでいること自体の楽しさを、宮城谷さんの文章で味わいました。司馬遼太郎さんはやっぱり独特の言い回しが面白かったです。
『三国志』の影響が色濃くあると思うんですが、歴史が好きだったんですよ。子供の頃は将来なりたいものというと歴史の先生かな、くらいの感覚がありました。そんなに強く希望していたわけではないんですけれど。
――好きな時代はあるのですか。
夏川:最近は日本の戦国時代の小説もだいぶ読むようになりましたけれど、当時はやっぱり宮城谷さんと『三国志』の影響で、中国の歴史ものが圧倒的に好きでした。孔子が活躍した春秋戦国時代の話がすごく好きです。日本ではそんなに有名ではない人たちですが、楽毅とか晏子とか子産といった人たちの生き方に憧れみたいなものがありました。宮城谷さんの作品には、ただ戦ってひたすら強いだけではなくて、何のために政治を行うのか悩む主人公たちが出てくるんですよ。儒教主体の世界なので、論語を絡めたような、義とか仁とかいうものが常に話の根幹のどこかにある。強くて戦に勝てばそれでいいわけじゃないっていう感覚を、たぶん宮城谷さんご自身も持ってらっしゃるんだと思うんですが、そういうものが私の中の倫理観と波長が合う感じだったので、好きになっていったんだと思います。
――この記事を読んで、自分も宮城谷さんの本を読んでみたいと思った人にお薦めするなら何になりますか。
夏川:断トツで『太公望』ですね。全3巻ですけれど、友人の中学生くらいのお子さんに薦めたら「すごく面白かった」と言っていたので、中学生でも十分読めると思います。すごくいいんです。後年歴史に残るような天才軍師になる太公望の少年時代からの物語で、戦の世の中でいろんなものを学びながら、だんだん視野が広がっていく。学ぶとはどういうことなのか、何のために戦をするのか、色々なことを懸命に考えながら、自分の世界を作り上げていく、本当に素晴らしい作品だと思います。今でも私は歴史小説の中で好きな作品といえば、必ず『太公望』を挙げると思います。
――司馬遼太郎は何がお好きですか。
夏川:これはもう王道ですけれど『燃えよ剣』ですかね、やっぱり。短篇だと『人斬り以蔵』という、土佐藩出身の人斬りの人生を描いた50~60ページくらいの短篇で、軽妙な語り口があっというまに読ませます。でも膨大な著作のある方ですから、単純に絞るのは難しいかも。
――ところで、『ゲド戦記』を読まれたということでしたが、『ナルニア国物語』などの他の有名ファンタジーも読まれたのですか。
夏川:高校生くらいの時に『ナルニア国物語』なども読みました。ファンタジーはかなり好きです。特に私は上橋菜穂子さんの大ファンで、『狐笛のかなた』が愛読書のひとつなので、『神様のカルテ』の1巻の文庫では、解説を上橋さんにお願いしたんです。縁もゆかりもなかったのに、引き受けて頂けると聞いたときは思わず声を出して喜びました。上橋さんの作品は『獣の奏者』や『香君』など全部読んでいます。自分が敬愛する作家さんに解説を書いてもらえるというのは、本を書いてよかったと思える瞬間です。
――さきほどの宮城谷さんの作品のお話にも通じると思いますが、上橋さんの作品も、国と国の関わりあいや、国をどう作りどう治めるかといった要素がありますよね。そういう作品がお好きなのかもしれませんね。
夏川:たしかに上橋さんの作品は歴史小説に近いニュアンスを持っていますよね。そういう意味では、『ゲド戦記』もいろんな王国があって、それぞれの国の政治が絡んでくるところがあるので、そうした巨視的な視野の作品が好きなのかもしれません。田中芳樹さんの『アルスラーン戦記』も小説だけでなく映画館まで足を運んだ好きな作品ですが、この小説も歴史小説でありながら、魔物も魔法も出てくるファンタジー的要素がありますし。言われてみると、確かに歴史小説的なニュアンスのあるファンタジーが好きなのかもしれません。
――ファンタジーでいうと、夏川さんの『本を守ろうとする猫の話』の続篇の『君を守ろうとする猫の話』は、最初のほうを読んだ時点でミヒャエル・エンデの『モモ』の時間泥棒を思い出したんですが......って、いま本棚から『モモ』を取り出されましたね(笑)。単行本の『はてしない物語』もありますね。
夏川:『君を守ろうとする猫の話』は意識的にエンデのオマージュだと伝えようと思って書いています。ミヒャエル・エンデについてはNHKのドキュメンタリー番組から生まれた『エンデの遺言』という素晴らしい本があって、そこにすごく共感するところがあったものですから。
「君を守る猫」のラスボスの意味が分からないという方は結構いるんですけれど、それはそれでいいと思っています。これはこうですよ、と言葉にして情報化してしまうと、あっという間に消化されて消えていってしまいますから。それぞれの人で考えていただけたら、と思っています。あの本を読んでエンデっぽいと思った人や興味を持った人が、エンデの作品を読むだけでなく、エンデの経済理論にも出会ってくれればいいなという思いをこめています。
――エンデを読んだのはいつ頃だったのですか。
夏川:中学生時代に読んだ時は、そこまで響かなかったんです。でも高校3年生くらいの、受験勉強に追われている最中に『モモ』を読み返したら、見えるものが大きく変わって、素晴らしい作品だ、と。大学生になって『はてしない物語』を改めて単行本で買ってしっかり読んでみたら、こんなに素晴らしい本はないという感覚を持ちました。『はてしない物語』に関しては、自分の読書歴の中でベストスリーに入るくらいの存在だと思っています。これもやっぱり、読むタイミングが大事な気がしますね。『はてしない物語』は結構暗い部分もあるので、自分自身がある程度苦しい目に遭ったという人生経験がないと響かない部分があるかもしれません。
『はてしない物語』は「ネバーエンディング・ストーリー」というタイトルで映画にもなりましたね。「ネバーエンディング・ストーリー第2章」もあって、たしかどちらも評判が悪かったんですよ。でも、私は結構好きだったんです。実際、原作とはあまりにも違う出来栄えではあるんですけれど。私はやっぱり根本的に、少年が白い竜に乗って敵と闘う、みたいなファンタジーの世界が好きなんだと思います。

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