第289回:野宮有さん

作家の読書道 第289回:野宮有さん

2019年に電撃小説大賞からライトノベルでデビュー、さらに2025年に『殺し屋の営業術』で江戸川乱歩賞受賞し 、同作が本屋大賞にもノミネートされた野宮有さん。中学生の時から小説を書き始めたという野宮さんが影響を受けた作家、作品は? 「小説を書くために小説を読んでいた」という野宮さんの読書や執筆の変遷をおうかがいしました。

その5「商業文章の師匠との出会い」 (5/9)

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――卒業後はどうしようと思ったのですか。就職活動されたとのことでしたが。

野宮:頭の中にうっすら、自分は文章が書ける、というのがあるんですよ。だから1回小説家は諦めて、コピーライターになろうと思いました。それで就活をしたんですが、東京に出る勇気はなく、福岡の広告代理店をいっぱい受けたんですけれど、福岡だと採用人数も限られていて全然引っかからなかったです。面接で小説を書いていますというのが恥ずかしくて普通に「副部長やっていました」みたいな、もう面接のNGの例をそのままやっていて。結局コピーライターにもなれず、中小企業に就職しました。

――社会人になってからの読書は。

野宮:輪をかけて本を読まなくなっちゃったんです。漫画は読んでいました。近所に漫画の貸し出しをしているTSUTAYAがあって、そこで『おやすみプンプン』とかを借りて。映画も観ていました。「ジョン・ウィック」とか、「ベイビー・ドライバー」とか。そこは大学生生活の延長みたいな感じでした。
小説は、話題作は読むけれど、掘っていくところまではいきませんでした。もともと小説を書くために小説を読んでいたので、いったん小説家を諦めたので読まなくなっちゃったんですよね。諦めた手前なんか読めない、みたいな気持ちもありました。当時、朝井リョウさんの「オールナイトニッポン」を聞きながら「ああ、俺は諦めちゃったんだ」と思っていた記憶があります。

――お仕事は、最初は営業部配属だったのですよね?

野宮:そうです。東京配属で、でも名古屋の担当で、出張のたびに一週間くらいホテル暮らしをしていました。
大学生の時、いろんな飲み会に断らずに行っていたので人見知りは治ったから営業でも大丈夫かと思っていたんですけれど、もう全然向いていませんでした。なんか、社会人適性があんまりないというか。学生の飲み会のノリの会話はできても、社会人の大人の会話ができないんです。それで半年くらい経ったときに、広告などを作るような企画の部署の部長に呼び出されて、「異動です」って言われました。
それで福岡に戻ったら、もともと有名なところにいたけれど疲れてうちの会社にきたという、本物のコピーライターの先輩がいたんです。自分の会社は別にクリエイティブな会社でもないのに。
当時、オウンドメディアが流行っていて、自分の会社では若手社員が企業の情報発信する記事を書いていたんです。自分は営業には向いていなかったんですけれど、その記事だけはめちゃくちゃ真面目にやりました。本当に仕事ができないけれど、文章書くことくらいは得意なんだしちゃんとやろう、みたいな感じで。どうやらライターの先輩がその記事を見ていて、自分が営業をクビになると知って、会議の時に「この人企画にどう?」と感じて引っ張ってくれたらしいです。
その先輩が師匠みたいについて、文章をみてくれました。自分は文章上手いと思っていたんですけれど、本当のプロの第一線の方からすると全然駄目、という感じでしたね。それで自分も、小説ではなく商業の文章をちゃんと上手くなろうと思って、特訓の日々が始まりました。

――特訓ですか。

野宮:パンフレットに載せる本当に短い説明文でも、もう何回も手直しするんです。上司はOK出しているのに、ライターの先輩からは一個もOKが出ないんです。先輩は、言っていることはめちゃくちゃ厳しいけれど、言い方が全然怖くないんです。だから僕もへらへらしながら手直しをしていました。もう全文に赤が入ったり、5パターン出してこいと言われたり、説明するだけじゃなくて切り口を用意しろとか、文章は表現のジャンプさせるのが大事だとか、妥協するなとか言われて、鍛えられました。

――いい先輩ですねえ。

野宮:ああいう中小のメーカーにそういう先輩がいることなんて普通ないので、本当に運がよかったです。その人のおかげで文章が上手くなりました。自分もその人に認められたくて、もう商業ライターとしてやっていこう、みたいな気持ちになっていました。
その先輩は前の会社を激務で疲れて辞めて、充電期間としてうちの会社に来たんです。見ていると、自ら激務を引き寄せているんですね。妥協しないから。社長が「もういいよ」と言っているのに「この文章はやり直しします」と言うような人でした。
その人が、充電期間が終わって、「独立します」となったんですよ。「フリーのライターになります」って。それを聞いて、本当に身勝手な話ですけれど、梯子を外された感覚になったというか。「え、先輩が辞めたらもう教えてくれる人がいないじゃん」って。先輩はすでにクライアントをつかまえていて、もうバリバリやれる態勢も整えていました。「先輩はこれから活躍していくんだ」「じゃあ自分はどうするんだ」となった時、ひとつ考えた案は、給料は下がるけれど制作会社とかに転職してコピーライターとして修業する。もう一個の案として、そういえば高校生の時に書いた長篇があったから、これを完結させて応募して、駄目だったら転職して商業ライターとしてやっていく。その二択だったんです。で、書き上げて、どこに応募するか考えて、まあライトノベルかなという感じで応募した電撃小説大賞で引っかかりました。だから受賞していなかったらたぶん、他の賞に応募するといったことはせず、小説家を諦めてコピーライターを目指していたと思います。

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