作家の読書道 第289回:野宮有さん
2019年に電撃小説大賞からライトノベルでデビュー、さらに2025年に『殺し屋の営業術』で江戸川乱歩賞受賞し 、同作が本屋大賞にもノミネートされた野宮有さん。中学生の時から小説を書き始めたという野宮さんが影響を受けた作家、作品は? 「小説を書くために小説を読んでいた」という野宮さんの読書や執筆の変遷をおうかがいしました。
その7「乱歩賞を受賞して」 (7/9)
――漫画原作も手掛けるようになり、それとは別に一般文芸を目指して...。
野宮:そうですね。また長篇を書いてプロアマ問わない賞に応募しないと駄目だなと思い始めました。
たとえば降田天さんも、もともとライトノベル作家で、『女王はかえらない』で『このミステリーがすごい!』大賞を獲って一般文芸に来ているので、「そっか、このルートがあるのか」と思いました。森バジル君もライトノベルでデビューした後で松本清張賞を獲っているし、佐藤究さんは純文学でデビューした後で江戸川乱歩賞を獲られている。そういう存在は心強かったですね。
乱歩賞に応募したのは、受賞作家に好きな人が多かったからです。佐藤究さん、高野和明さん、呉勝浩さん。藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』も好きでした。なんなら東野圭吾さんも乱歩賞出身ですし。
――2025年に江戸川乱歩賞を受賞した『殺し屋の営業術』は、凄腕営業マンの鳥井が主人公です。ご自身の営業経験がヒントになっているのですか。
野宮:営業部にいた時は本当にポンコツだったので、営業はせずにシステムの使い方を教える人になっていたくらいでした。異動したあとに研修を運営する仕事をしていて、コンサルの人と一緒に営業のマニュアルを作ったことがあったんです。そこで営業に関わる理論を勉強したことが、『殺し屋の営業術』に活きているという感じです。
――たまたま殺し屋の仕事現場に居合わせてしまった鳥井は、口封じのために消されそうになり、とっさに営業トークを繰り広げ、殺し屋たちに営業として雇われることになる。途中からコンゲームの様相をおびてきますが、もうすっかり騙されました。
野宮:最初に書いたコンゲームものは電撃文庫の『嘘と詐欺と異能学園』で、書いた時に「自分はコンゲームものが得意だな」と思ったんです。
あれは詐欺師の主人公と演技がうまいヒロインが、何の能力もないのに異能力者の学園に入って計画と演技だけで乗り切る話です。あの設定だけ思いついて、これでいきましょうとなったのはいいものの、「え、本当にこれでいくの?」みたいな感じで始まったんですよ。こんな設定、難易度高すぎると思いました。でもミステリ的にちゃんとやろうと思って苦労しながら書いたら、意外とコンゲームについて面白く書けたんです。それでこれは得意なんだなと思い、自分の手札として残していました。『殺し屋の営業術』の設定を思いついて、終盤はコンゲームにしようと思ったのは、その手札があったからです。
――鳥井は凄腕の営業ですが、趣味もなく、楽しみもなく、何も満たされないでいる。そんな人間が裏社会に入って変化していく様子が面白かったです。
野宮:満たされていない主人公が変化していく過程を書くことが多い気がします。作中にも書きましたが、才能はあるのに自分では「ここじゃない」という気持ちがあって、何もかも一致していないというのが、鳥井の中の満たされていない感覚になっている。そういう人物が裏社会にいったら、野生の鳥の捕食被捕食の関係みたいな、自己実現とかそんなこと何も考えなくてもいい問答無用の世界に安らぎを見出すんじゃないか、みたいなことを想像してキャラクターや展開が決まっていきました。
――前半はコミカルですけれど、途中で本当に問答無用の世界だということを鳥井も読者も思い知りますよね。ああいう容赦のなさは、どのように意識されて書かれているのですか。
野宮:映画監督のインタビューを見るのが好きなんですが、「ジョーカー」の監督のトッド・フィリップスが「観客に暴力のリアルを感じさせ、その重みを感じさせることの方が、僕自身は責任を持って描いていると思っている」と言っているんです。あの映画の影響でいろんなことが起きて、その落とし前をつけるために「ジョーカー2」がああなった、みたいなところはありますが、あの発言に影響を受けて、自分も、裏社会は本当に怖い世界なんだということは書こうと思っていました。
美化したくなかったんですよね。僕はヤンキー漫画でも、ヤンキーをただ格好よく描いたものはあんまり好きじゃないんです。
それと、暴力じゃなくてもいいんですけれど、やっぱりあらすじから予想がつかない方向にいく話が好きなんです。映画でいうとポン・ジュノ監督の「パラサイト」なんてそうですよね。荻堂顕さんの小説もそういうのが多いし、小川哲さんの『ゲームの王国』なんかも、下巻でずいぶん変わりますよね。ああいう、読者が期待しているところのその先を見せてくれる作品が好きだし、自分でもやっていきたいです。それもあって、クライムノベルを書く時は、もうどんどん後戻りがきかなくなっていって「やばいです、もう終わりです」みたいな展開を作って、そこからどう切り抜けるかを考えるようにしています。
朝井リョウさんもインタビューかラジオかで、読者を突き落とすなら作者も一緒に崖から落ちなければいけない、みたいなことをおっしゃっていたんですよ。それを聞いて、保身に入らない、みたいなことかなと思ったんです。僕は自分の人間性に触れるようなものはあんまり書いていませんが、ただ気持ちいいだけの話にはしない、みたいなところは朝井さんの影響があるかもしれません。主人公をめちゃくちゃ過酷な状況に突き落とすとか、犯罪小説でなくて青春小説だったとしても甘えさせないというのも、その影響かも。
――朝井さんの影響は大きいですね。
野宮:自分が大学生くらいの時に朝井さんはもう直木賞を獲られていたので、やっぱり常に自分に対して「朝井さんがいるんだからな、調子に乗るなよ」とは思っています。
それでいうと、ここ最近、連続してスティーヴン・キング原作の「ロングウォーク」と「サンキュー、チャック」を観たんですよ。それでウィキペディアで過去のキング作の映画を調べてみたら、「これも」「あれも」「それも」となって。「こんな人がいるなら一生調子に乗れないじゃん」とはすごく思いました。目指さなきゃいけないのは、スティーヴン・キングなのかも。そこまで作品を読んだわけじゃないですけれど。
――映画監督のインタビューを見るのがお好きだとのことですが、そういえば以前、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の監督のインタビューについて話されていましたよね。
野宮:あれはシリアスな映画だけれど、くすっと笑える場面もあるんです。ケネス・ローガン監督がインタビューで、笑える箇所も作らないと本当にシリアスになってしまう、みたいなことを言っていたんですよね。
僕も、ひどすぎて笑うしかないという状況からコメディみたいなものも含めて、なにかしらちょっと笑える要素は入れたいと思っています。本当にしんどいだけの話も好きなんですけれどね。
――作品ごとに文体やトーンを自在に変えていますよね。
野宮:そうですね、誰も死なない青春小説を書いたこともありますし。この設定で書くと決めたら、その作品の最適なトーンを考えます。どこまで描写するかとか、速度とかを決める。『殺し屋の営業術』と『殺し屋の出世術』はそこまでグロく書かないことを意識していますね。いうならポップにしてます。






