『平和の栖 広島から続く道の先に』弓狩匡純

●今回の書評担当者●ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広

  • 平和の栖 広島から続く道の先に
  • 『平和の栖 広島から続く道の先に』
    弓狩 匡純
    集英社クリエイティブ
    2,700円(税込)
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「七五年は草木も生えん」

 1945年8月6日、広島に何が起こったのかは最早説明するまでもないだろうが、原子爆弾によって焦土と化した広島は、75年という膨大な時間をかけなければ復興は無理だと、当時誰もが思っていた。それが今や人口120万人の政令指定都市であり、平和記念都市としての稀有な存在感を世界に知らしめている。

 75年どころか四半世紀も経たぬ間にこれほどの発展を遂げたのはなぜか? そこには国を上げての広島復興の実現を大きく増進させたある法律の制定があった。

 広島平和記念都市建設法。

「この法律は、恒久の平和を誠実に実現しようとする理想の象徴として、広島市を平和記念都市として建設することを目的とする。」(第一条)

 本書は、その特別な地方自治法の発案から立法、施行に至るまでの、広島の政治家、役人の奮闘を描き、戦後広島の復興の軌跡を世界平和への祈念を込めて綴る大変な労作である。

 広島の復興は単なる復興とは事情が違う。それは「平和」というキーワードへの執着である。広島市はあくまで「平和記念都市」として復興しなくてはならなかった。人類史上、類を見ない一大都市の壊滅、多大な犠牲、そして戦後もなお苦しめられる市民。その悲劇が広島の、平和という言葉へのこだわりをより一層強く抱かせていることは言うまでもない。

 広島市初の公選市長で「広島の父」と言われた浜井信三をはじめとする広島市民による復興のプロジェクトは、マッカーサー元帥率いるGHQと国を相手に、広島が平和記念都市として早急に復興する為に日夜奔走する。この間の彼等の行動は、ただ広島の復興を訴えるばかりでなく、いかにして実現に漕ぎ着けるかという戦略と知恵、無謀なまでの勇気に支えられていると言って良い。

 広島市議会議長・任都栗司が特別立法実現に向けてGHQの最高司令官、つまりは当時の日本における最高権力者であるダグラス・マッカーサーに直談判する為、面会に行く章は本書のハイライトのひとつで、マッカーサーの人物像やアメリカの世論、対する当時の国内政府との力関係などを垣間見ることができる点でも非常に興味深く、興奮を覚える展開となっている。

 GHQや日本政府の思惑を逆手に取り、時にはしたたかに、大胆に、荒業とも言える方法を駆使し、更には長崎市との駆け引きも含めた一大攻防戦とも言うべき闘いが繰り広げられた結果、広島市は最後の住民投票(「広島平和記念都市建設法」は国会での可決後に、住民投票による過半数の賛成が必要だった。(日本国憲法第95条))によって、この「広島平和記念都市建設法」を成立させ、その施行によって国の補助、国有財産を優先的に引き出すことに成功する。

 この「平和」という2文字は、現代の私たちが考えているほど、崇高な理想ばかりに満ちたものではない。その実現に至るまでに手垢にまみれ、私利私欲の為に利用されてきた経緯がある。また、当の広島市民も果たしてどれほど「平和」という言葉にこだわっていたか、という点も決して単純な話では終わらない。当時の市民は目の前の生活困窮の為に、世界平和や理想どころではなかったのが実情で、住民投票に市民を積極的に参加させるためには、理念よりも実生活の向上を争点にしたキャンペーンが功を奏した。

 しかし、そうした事柄が幻滅に値することだとは思わない。綺麗事だけに捉われない、ある意味下世話とも言えるパワーがなければ、廃墟からの飛躍的な発展は実現しなかっただろう。そのお陰で広島は、今で言えばまさにV字回復を成し遂げたのである。

 著者は「広島平和記念都市建設法」にはふたつの"顔"があると説いている。

 ひとつは財政面から広島を再興させる「建設法」という"顔"。もうひとつは広島のアイデンティティといえる「恒久平和」の理念という"顔"だ。

 それはまさに、感傷や情緒の入り込む余地が無いほど復興の実態と現実をリアルに描き切りながらも、根底には広島へのシンパシーとも言える平和への願いが敷かれているという、本書の構造と一致する。

「七五年は草木も生えん」と言われた広島。その「七五年後」はいよいよ来年の2020年である。廃墟と化した当時の広島の人びとが思い描いた気の遠くなるような果ての未来に広島は健在し、広島の人びとも、私達も生きている。先人の獲得した「平和」の理念の下で。

 しかし今、その平和理念の存続には大きな壁が立ちはだかっている。

 「風化」である。

 原爆・戦争の記憶を蘇らせることの出来る人びとは次々と鬼籍に入り、当時を振り返る貴重な証言も年々入手し辛くなる。恐らくは、こうした形で広島復興記録の集大成を発刊するチャンスは、もう2度と無いのかも知れない。著者が本書を執筆した大きな動機は、風化させてはならないという使命感に他ならないだろう。

 4年という読者にとって気の遠くなる歳月をかけ、膨大な資料、文献、そして証言をもとに、400件以上にも及ぶ注釈を加えながら500ページ近い圧倒的な分量を携えて1冊の本に仕上げた著者と出版元の仕事、情熱に心から敬意を表したい。

 語り継ぐ役割を担うのは広島の人びとだけではない。全ての人びとにその義務がある。風化させてしまうか、させないかは、私たちにかかっている。その為の最上のテキストとして本書を推薦する。

 追記:本稿の執筆にあたり、集英社サービス・田中康裕さん、広島 蔦屋書店・江藤宏樹さんより大きなインスピレーションを頂きました。この場をお借りしてお2人に感謝を申し上げます。

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ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広
ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広
1968年横浜市生まれ 千葉県育ち。ビールとカレーがやめられない中年書店員。職歴四半世紀。気がつきゃオレも本屋のおやじさん。しかし天職と思えるようになったのはほんの3年前。それまでは死んでいたも同然。ここ数年の状況の悪化と危機感が転機となり、色々始めるも悪戦苦闘中。しかし少しずつ萌芽が…?基本ノンフィクション読み。近年はブレイディみかこ、梯久美子、武田砂鉄、笙野頼子、栗原康、といった方々の作品を愛読。人生の1曲は bloodthirsty butchers "7月"。